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あわれ!テンの轢死体![]() 顔をそむけたくなるような写真だが、風景写真家はきれいな写真ばかりを撮っていればいいというものでもあるまい。 以前にウサギとムジナの礫死体も紹介したけれど、生きているテンは何度か撮ったが礫死体は僕もはじめて見た。 テンのようなすばしっこい動物が車にひき殺されるのはよっぽどのことだろう。 いったいこんな八甲田の山中を横切る道路でどれだけのスピードを出していたのだろう?ぶつけた車にもかなりの衝撃があったはずだ。埋葬してやろうという気持ちにはならなかったのか?道路から土のところまで運んでやって土と葉っぱをかけてやるだけでもよかったのに。 この道路は、蔦から酸か湯へ抜ける道だが、僕の記憶にあるかぎりの40年前と比べれば、交通量は何十倍にも増えていると思う。そのころは道路を歩いていても車とすれちがうことはめったになかった。ここ10年くらいが特に激増している。僕は10年前からなんらかの交通規制をすべきだと言ってきた。奥入瀬渓流の方では一部規制がようやく始まったけれど、こっちの方こそ、八甲田を縦断する道路であって環境への影響がより大きい。ぜひ関係者の人たちに検討してもらいたいと思う。不便になるのはわかっている。僕自身も不便になるだろう。だけど今や環境問題というのは多少の不便さを受け入れてゆくところまで踏み込まないといけないのだ。 「持続可能な開発(あるいは持続可能な社会)」という言葉があるけれど、僕はそんな中途半端なことではダメかなという気がする。 それからもう一つ。今、環境破壊というとCO2の削減ばかり叫ばれているけれど、けっしてそれだけではない。むしろそればかり言っていると本末転倒のことも起こりえる。原子力の方がCO2が少ないという主張が典型的だ。これも「持続可能な開発」にこだわっているからそういう論議になるのだと思う。 高温続いて異様な森![]() この葉っぱは、ミズバショーのなれの果て。見たのが初めての人は信じられないでしょうが、そんなことよりもこれが5/11であるという方が僕には信じられない。こんなのは6月末の光景だ。 下写真は4/23の写真。これ自体も例年より2週間は早いが、その後さらに加速したようだ。5月の連休の八甲田はまるで初夏のような暑さだったからね。これをフェーン現象のせいだとする解説はナンセンスとしか言いようがない。一つ一つの現象だけを取り上げて解説しても意味がない。 ![]() 下写真は、2006年6/7の写真。これと比べてもひと月は早いことがわかる。 もちろん、場所がちがうので正しい比較にはならないのは承知しているが、ミズバショーの葉っぱがこれだけ開いたときの写真があまりないのだ。そう!この写真も時期はずれに大きくなってしまったのであえて写真を撮ったわけで、ここ10年で八甲田も急激な温暖化がすすんでいることがわかる。 ![]() 今年はフキノトウもあっというまに開いてしまってまるでかわいげがない(苦笑)。2008.5.6 ![]() 山桜6![]() これがヤマザクラの写真と言えるのかどうかわからないが。 ブナの芽吹きから新緑の頃というのは、萌葱色(萌黄色とも書く)というくらいで、黄色に偏った緑なのが特色だが、今年は少し違った。緑が濃いのである。これがなぜなのか?異常な高温が続いたおかげで萌えの期間が少なくて一気に開花してしまったせいではないかと思っている。 それを証明するかのような事件が現地の最近のニュースにあった。ブナの凍霜害が各地で報告されているのだ。葉っぱが霜で枯れたという。異常な温暖化で生育が早まって一斉開花してしまうとこういうことが起こるというわけだ。 (去年のブナシャチホコの大食害をも合わせて考えると)やっぱりたいへんなことが進行していると思う。ブナの原生林の北限の八甲田や白神のブナが枯れてしまったら、ブナの原生林は地球上から消滅してしまうことに他ならないわけだから。 たしかに緑が濃い方が印象的できれいという見方もあるけれど、本来の自然が壊れていく様をも見るようで単純には喜べない。 僕はNaturePhotoを現像する時のスタンスとして、 *色温度、*色彩度をむやみに変更しない、色補正、画像処理は最小限のドキュメント性を損なわないものに限定するということを心がけている。NaturePhotoは、ビジュアルアートという面だけではなくドキュメントとしての価値もあるわけで、それを自らなくしてはいけないと思うからだ。近頃特に、カメラメーカー、ソフトメーカー、雑誌等含めて、彩度やコントラストが高めの設定に流されているように思うのは僕だけだろうか?デジカメのハードウエア内部で高めに設定された彩度というのは(単純に彩度を上げているわけではなくてメーカーの好みによって色座標軸も変えているので)後で直しようがない。後で彩度を上げるのは簡単だが。コンパクトタイプならばそれもしょうがないような気もするけれど、少なくともプロ仕様のものはニュートラルな設定をきちんと残してほしいと思う。 アテルイの怒り
今回の岩手・宮城内陸地震はそういう気がしてならない。
震源地のあたりは、南部人にとってメッカのようなところと言っていい。 古代、大和朝廷の侵略に対抗して立ち上がりこれを次々と撃破し陸奥国(道の奥ーみちのく)の楽土を築いた英雄ー阿弖流為(アテルイ)たちがこの地で最後の決戦を戦ったところだからだ。胆沢のあたりー磐井川から北上川(かつて日高見川と言った)にかけて一万の蝦夷(えみし)の民たちは5万の大和朝廷軍を幾度も粉砕した。のちに坂上田村麻呂に敗北するのだけれど、阿弖流為たちが闘いとったのは美しい自然とそれと共存して平和に暮らす蝦夷の誇りであったのである。大和朝廷の奴隷の道を断ち切る闘いであった。 (ちょうど今僕は、高橋克彦の「火焔」と熊谷達也の「まほろばの疾風」を読んでいたところで、それを参考にしています) またこの近くには平泉もある。これもまた、奥州藤原氏が大和朝廷に対抗して楽土を築いた地でもある。 さら時代を経て、秀吉の時代には、九戸城において南部藩士5000人が10万の秀吉軍に反旗をひるがえしてろう城して戦い抜いたところでもあるわけだ。 アラハバキの神という蝦夷の民俗信仰の神が奉られているのもこのあたりである。 アテルイたちが戦い守ろうとしたのは、みちのくの豊かな自然とそこに暮らす人々の生活であったと思う。 近年の仙台近郊の開発のスケールは度を過ぎていると思うのは僕だけではないはずで、東北自動車道をゆけば東京をすぎて仙台あたりで第二の大渋滞がおこるのは誰もが知っている。 もちろん、天災は人知を越えたものであって抗しようがない。それでも山や自然を痛めつけてきたのは人間の度を越えた開発なのだということを僕らは何度も反芻し見据えなければならないと思う。 被災者の救援が速やかでありますように。磐井川ぞいに僕のカミさんの実家があり先日田植えの手伝いに行ってきたところでした。さいわい被害はなかったようです。 **「火焔」おもしろいですよ、興味があったらぜひ読んでみてください。 経験値を越えた雪融け大増水 |