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写真家の山暮らし

Photos of Japan north country and the Photographer’s Journal 南八甲田の麓、奥入瀬川のほとりの山のスタジオからNature Photoを添えて日誌を綴っています。2012.3.11に恵比寿のスタジオをこちらへ移転しました。

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ちゃんと仕事してくれ

紅葉
艶やかな紅葉もたまにはいいもんです。
まだ青いトゲトゲの葉っぱがミズナラ、黄色になりはじめているのがブナ、赤はカエデです。
この写真は色数が多いので同じサイズのJpeg圧縮でもレベル12では容量(500K)オーバーでした。レベル11に圧縮です。色数が減ってるということです。(どっちにしてもWeb仕様のsRGBカラースペースでは紅葉はいまいち出ないです)

 今年になってカレンダーコンペ3連敗。とほっ。
しかしあの営業マン、やる気あるんだろうか?3年前の写真集のコピーをはりつけてプレゼンなんて!ありえないなあ。そんなのはだめだときっぱりことわるべきでした。「決まったら写真差し替え可と但し書きつけておきますから」というから、よっぽど根拠ありのコンペかなと思ってしまったオレがバカでした。
どうもチョーシ悪い。ヤク払いが必要だなあ。さけ~^^;
2009.11.25[Wed] Post 09:44  コメント:5  TB:0  紅葉/秋  Top▲

褐色の川、空っぽの肉体

紅葉
2009.10.21  EOS5D Mark II 南八甲田

ブナ帯でも川沿いというのは、むしろブナは少なくトチ、サワグルミ、ミズナラ、カエデなど多いので森の中よりも紅葉が艶やかなのだが、ここは少し様相が違う。なぜかブナが多い。だから一面褐色である。風もそよがない。水量も一年で最も少なく川も静かなに流れる。産卵期の巨体の岩魚が悠々と泳ぎ、近づくとサッと岩陰へ走る。ひとりでひたすら何時間も川を遡行してくると、日常の雑事とか都会で張り付いて来た思念とかがはぎ落とされて肉体だけがあらわになっていくような不思議な感覚を覚える。座りやすい岩を見つけて腰をおろし、タバコに火をつける。ああ、この一瞬がたまらない。何も求めない、何も達成しない、空っぽの肉体、空っぽの境地。肉体だけが心地よい疲労感を覚えている。
 心を鎮めてくれる川でした。ここにカエデやナナカマドの真っ赤な紅葉が混じっていたなら違っただろうね。
2009.11.24[Tue] Post 10:59  コメント:5  TB:0  紅葉/秋  Top▲

ブナの森の奥地を歩く

ブナ黄葉

ブナ黄葉

ブナ褐葉
2009.10.19 南八甲田 

 ブナ帯の中心部へ入って行くと、極相林化(純林とも言うが厳密にはもちろん純林はありえないのだが)、つまりほとんどブナだけの様相を呈して来る。そうなると紅葉ではなく黄葉であり褐色葉となる。これが同じ奥地でも川沿いだと極相林ではなく、ミズナラやサワグルミやカエデなどが混じって来て、色彩的にはそっちの方がバラエティに富んでいると言える。
 それぞれにおもしろい。
 むしろ、褐色に染まった森というのは、極相林帯まで踏み込まないとお目にかかれないので一般の人にはめずらしいのではないかな?

 薮をかきわけてでどんどん突き進んでゆく。高度も次第に上がって、黄金色から褐色に森全体が染まってゆく。森のにおいも変わって来る。森の気配というものも深まってゆく。気配というのは何だろう?人の気配がどんどん消えてゆくということなのか?人以外の気配がどんどん増えてゆくということなのか?きっとそういうことで、人の存在というものがどんどん小さくなると言うことなのだ。ここまで来て、ようやく人の傲慢さというものに素直に気づく。




2009.11.09[Mon] Post 10:32  コメント:0  TB:0  紅葉/秋  Top▲

辺見庸の嘆きにシンクロ

紅葉
2009.10.22 南八甲田

 静かな山から街に下りて来ると、際立ってその喧噪さにいらついてしまう。比較しなければいいのだろうけれど、僕はそれほど悟っているわけじゃない。
 何が一番気に入らないのか?物理的な音量とかではない。それは山の方が多いだろう。

 そうではなく、軽々しい饒舌さなのだ。

 中身はないのにただ饒舌で能弁でやかましい。音だけではない。イケメンも、美文も、絶口調のお笑いも、ただうっとうしい。最近とくにうっとうしいのは、反論の組み立てだけは絶対に負けないという人間だ。中身では負けていると解っているくせに折れない人。ようするに中身はどうでもいいのだ。論争に負けさえしなければいいと思っている。これもアメリカンだなあ。だって、謝ったら自分が悪いと認めたことになるという考え方なんだもん。ぶつけたって絶対に謝らないというメジャーリーグと同じだね。

 だから最近は、訥々(とつとつ)としかしゃべれない人を見たりするとなんかほっとしたりする。
 
 それが、辺見庸さんが同じようなことを書いていた(東京新聞「水の透視画法」)。辺見庸さんは前から注目していたけれど、ガンに倒れてからよけいに共鳴するようになった気がする。僕も死期が近いのか(笑)。
紅葉


 今年の八甲田の紅葉は、絢爛とはほど遠いです。まばらで鮮やかさに欠ける。時期に遅れて入山してかえってよかったのかもしれない。こういう年は、晩秋の方が味が出る。
2009.11.05[Thu] Post 14:50  コメント:0  TB:0  紅葉/秋  Top▲

シネグレにふけゆくもの

黄葉

深奥の森をたったひとりで歩けば容易に誰もが思索者になれると書いたのは2005年の頃のこと(写真集「南八甲田の森をゆく」)だが、それがふけゆく秋ならばなおさらである。

褐葉

老木も必死に紅葉する。

ブナやナラは正しくは紅葉ではない。はじめ黄葉しやがて褐色に変わってゆく。だから褐葉とでも言えばいいのかもしれない。

なぜ紅葉するのか?冬に備えるためらしい。葉の養分を幹が必死に回収しているゆえにおこるのだそうだ。

「木もシネグレだなあ」と写真機をぶらさげた思索者が老木を見上げていた^^;てが
2009.10.30[Fri] Post 14:54  コメント:2  TB:0  紅葉/秋  Top▲

色々な秋

秋
今年の秋は冷え込みが足りなくて、なかなか全山赤くならなかったのですが、近くを観察するとところどころ真っ赤でした。ブナの黄葉はしぶく落ち着いた熟女のような色、真っ赤になる前のカエデの黄色は少し青いですね。人も自然も色々でそれぞれに味があるというわけです。人の方を、それぞれを味わいたい、なんて言うと変態扱いされるけど、自然の方はなんぼ味わおうとな~んも問題ない。黄色いカエデの隙間から真っ赤な実を伸ばしているのはナナカマドですけど、目立ちますねえ。パッと眼が行きます。鳥たちに早く食べてくれと姿態をさらしているわけです。鳥に食われてあちこちにタネをばらまくことで種が生き抜いてゆくという遺伝子の力なんでしょうね。この辺も、人も自然もおんなじということかな(笑)。
2008.12.08[Mon] Post 16:30  コメント:4  TB:0  紅葉/秋  Top▲

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