嵐を予感させる空を飛んで飛行機で青森空港に着いたのが10月6日午後2時30分。青森はすでに嵐の序章に入っていた。
1時間遅れて八甲田行きの最終バスにもうすでに間に合わない。
僕は飛行機のタラップで管理者風の女性パーサーをつかまえて、
「八甲田行きの最終バスに乗り遅れたんですけど..」と訴えた。
そのパーサーは、
「タクシーを用意しますけどそれでもよろしいですか?」
と、即座に僕の要望に答えてくれた。
こうして僕は猿倉登山口まで悠々とやってきたのだ。メーターは¥7000を越えていた。
はなからなんというラッキーだろう。バスで行っても¥1620かかるところをタダでタクシーである。
しかし、それから三日間、八甲田は荒れに荒れた。八甲田山観測史上最高の雨量を記録した。
全国でも多くの遭難者を出したのはこの日と翌日である。
僕はたまたま偶然が重なって難をのがれた。
観測史上最高ということは、経験値を越えた気象ということであって、経験値で判断していたとしたら僕は入山していたかもしれない。
不思議な事にこの日は、猿倉登山口の小屋に寝る計画だった。僕はいままで八甲田では一度も小屋に寝たことがない。いつでも野営である(か車で寝る)。なぜ今回だけ小屋泊まりを計画したのか?飛行機が昼便で現地着が夕方になるからだが、じゃあなぜ朝便じゃなくて昼便にしたのか?それがどうもわからない。虫の知らせ?...、また山の神様に感謝しなければならない。
翌日、蔦川へ降りてみた。
およそかつて見たこともない蔦川の大濁流!
高波のような濁流がこの川に押し寄せるなんて!唖然として震えながらシャッターを切った。


