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写真家の山暮らし

Photos of Japan north country and the Photographer’s Journal 南八甲田の麓、奥入瀬川のほとりの山のスタジオからNature Photoを添えて日誌を綴っています。2012.3.11に恵比寿のスタジオをこちらへ移転しました。

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シネグレと悠々 その3

攻撃する木1


攻撃する木2



攻撃する木3



攻撃する木4


この木はちょっとすごいですよ。
針葉樹林のアオモリトドマツ帯の中にあって、ぽつりと落葉樹が孤立して混じってます。
隣の木をまるで攻撃しているようです。シネグレですね。

さて、
シネグレと悠々 その3 ですが、..
少し視点を変えてみましょう。

自然を観察していると、

物事とは常に相互補完的であり、相対立的に見え、多面的に観察しないとよくわからないものだということを知らされる。

「虫もシネグレだな」としゃべった母親の言葉に僕は驚いたと前に書いたけれど、

「虫もシネグレ」という言い方は、人もその他の生き物もまるで同列である。
自分の息子が山でヤブ蚊に刺されて手を腫らしているのに、彼女は、息子の腫れた手を心配するでもなく、
自然の生き物達も生きてゆくのに一生懸命で大変だなあと感想を述べたのだ。

この言葉は、しばらく僕を考えさせた。

1,人間も虫けら(=自然)もあまり分け隔てなく語っていること。
2,シネグレという「生き方のスタイル」が虫にもあるのか?ということ。

そういうことをスラっと言ってしまう。

これは、僕の長年の疑問を射抜くようでなおさらハッとした。

 それはどういうことか?

ヘーゲルやマルクス、それ以降の実存主義や構造主義から現代にいたるまで、一貫してある考え方への疑問なのですが、簡単に言うとこういうことです。

「動物は単に直接的な肉体的欲求に支配されている」(「経済学・哲学草稿」マルクス)だけの存在で、人間はそうであってはならない(ヘーゲル)、というようなことを言っているわけです。極論すると、動物は、生きるためにのみ飲み食い動いているだけだ。人間はそこから「跳躍」しなければならないと言っているわけです。
 この言葉だけとれば、語弊が生じます。時代的背景、封建制批判やキリスト教批判という面もからめて読まないといけないのですが、それでも僕は疑問に思った。自然を観察していくにつれよけいにそう思うようになったのです。

 「自己意識」というものを人間だけの独自の、人間にとってもっとも大事なものととらえていること、そのことに対する疑問ですね。だって、自然の生き物たちだって「意識」があるんじゃないかと思えるシーンを何度も見ているからです。食うだけ?生きるだけ?種を保存するだけ?そうじゃないシーンもあるよ、と。

 そういう具体的な側面と、さらにそういう「人間中心主義」という視線の偏向自体にも疑問を持っていたのです。
母親の言葉は、そういう意味で、人間の目線からしか世界を視ることが出来ない近代思想の偏向を、一言で射抜いている。学問書など読むはずもない彼女の視線を形作っているのは自然の教えという他ないと思う。この視線とは、人間と自然が共生し持続可能な環境を保持していく上で僕たちが獲得すべき見方と通底するものであって、それを、大正生まれの「無学」の母親が保持していたことに驚いた。

 ここにもう、ぼくの不遜があるわけですね。自分の思考の客観性みたいなものに対する傲慢さ!この二重のパラドックスにハッとしたわけです。ヨーロッパ哲学の不遜さに疑問を持っていた自分が、同じレベルで「無学」の者に対して不遜さを持っていた!
 ここに重要な問題があるんですね。
 科学的客観性と考えられるものというのは、文化とか文明とか違えばまったく別の意味を持つということですね。
 自然と深く共存して生活してきた人たち(=母親のような)にとっては、虫もけものも人も同列に生きているということは、当然のことだったわけです、きっと。僕らの戦後の学校教育の中身の方が(ヨーロッパ思想に)偏向していたというわけです。
 
 自然と人間の捉え方について書いてきましたが、
同時に僕はもう一つのことを言ってます。つまり、自然の捉え方だけじゃなくて、いろんなものごとを捉える方法そのものです。

シネグレと悠々、というのは、
見方、歩き方、生き方のキーワードでもあるし、
ひとつのサンプルでもあるわけです。
サンプルというのは、
相対する相互補完的な見方でものごとを見ていかないとまちがえてしまうよ、という考え方を提示する上でのひとつのサンプル的言葉だという意味です。
 だからここに、厳しさと寛容、と入れてもいいのです。
簡単に言うとこういうことです(というか簡単なことなんですが)。
”南八甲田というのは厳しい山だな”
”でもそれだけじゃ一つの側面しか見ていない。寛容の山でもあるんだよ”というようなことです。



シネグレであることと相対するように、自然の生き物たちは悠々としていること。このことを見ないと自然の捉え方は一面的であるよと言う時、僕は、内容を言っていると同時に捉え方、見方についても提示しているつもりです。

ずらずら長く書いてきましたが、言葉にしてみないと、(山で)考えたり想ったりしていることの整理がつかないのでこういうかたちをとりました。あまりシネグレにならずに少しは悠々と読んでご意見くださいませ(笑)

ただ、明日からまた八甲田に向かう予定ですので(今回は長くなりそうです)、コメントへの返信は遅くなるかもしれません。ご承知ください。


2007.04.27[Fri] Post 11:43  コメント:2  TB:0  山歩きの思想  Top▲

シネグレと悠々 その2

雪原


この前の続きです。
人間は、自然的な状態(狩猟する、種を保存するだけ)から跳躍して(労働したりして)はじめて人間足りうるんだというヨーロッパ近代の考え方というのは、少し疑問だという話でした。

 それは、要するに(ヨーロッパの近代思想=つまり僕らが受けた教育は)あらかじめ、人間は自然の上位にあるということを大前提としているわけです。
 ここが疑問なんですね。でも僕の疑問も最初は、中途半端であいまいなものだったのです。
 最初の疑問のころは、こう考えていたのです。
 「自然は人間と同じように価値がある」と。これって、中途半端というか全然飛躍してないですよ。いままでと同じですよ。
 だから、ほんとはこうだろうと思います。
 「人間は自然のふところでしか生きられない」
 ほらね。上位は自然なんです。だから、自然の中には、人間が作り出した神様なんかいないんです。(「山の神様」がいるだけです)


だから、ヨーロッパ近代思想というのは、自然の捉え方を間違えたかなと。というか、人間自己チューみたいな狭い見方になっているのではないかなと思えるわけです。
もっと言うとですね、ヨーロッパの白人社会が世界の中心であってという自己チューな考え方だったんですよ。野蛮人とか未開人とか平気で言ってますからね。
 マルクスですら、原始共産制という言い方をしてますからね。野蛮人とか未開人の社会というのは、文明の歴史の一時代であって、歴史が発展すればいずれ封建制や資本主義制を経て、やがて次の時代として社会主義がやってくるという見方をしているわけです。ひとつの狭い世界の歴史しか見ていないような気がする。多様な社会、多様な文明という視点を欠いていたのではないか?

もちろんマルクスだけじゃない。グローバル化という見方も同じことです。だから「もっとも先進的な民主主義」を世界中に押し付けようとしている。進歩主義というか生産力至上主義というか。そういうものに対する疑問というのが大きくなってきた。

この話、半端にしゃべると誤解も招きやすいのでまた続きはゆっくりと(笑)。
2007.04.26[Thu] Post 10:36  コメント:2  TB:0  山歩きの思想  Top▲

シネグレと悠々

アオモリトドマツ

岩魚とかテンとか野生の生き物たちを観察していると、
死にものぐるいでエサをとってるだけではないんですね。
遊んだりしてる。走ったり。泳いだりを楽しんだりしてる時が明らかにある。

動物の世界は「食うか食われるかの熾烈な生存競争」という見方は、
人間の勝手な偏見というか、間違った観察じゃないかと思えるわけです。
どういうことかと言うと、
エサをとるとか種を保存するということだけに精一杯だということではなくて、
動物たちも「人生を楽しんでる」(人じゃないから、動物のLifeと言えばいいのか?)そういう時もあるのではないかということですね。状況的には、シネグレであったり悠々としていたりするわけです。

そういうふうに考えるとですね、根本的に近代思想(特にヨーロッパ思想)みたいなものは、前提がまちがっているんじゃないかと思ったりします。


つまり、近代思想の前提とは、
人間は、自然的な状態(狩猟する、種を保存するだけ)から跳躍して(労働したりして)はじめて人間足りうるんだという考え方なわけでしょう。(=ヘーゲル、マルクス)

(この話、続く)
2007.04.25[Wed] Post 12:21  コメント:2  TB:0  山歩きの思想  Top▲

危機とは常にかつて経験したこともない状況である

冬山

きのう八甲田で雪崩が発生して、「スキーツアー客ら十数人が巻き込まれ、男性二人が死亡、八人が骨折などの重軽傷を負い、うち女性一人が胸を強く打ち、重体となった。」(東奥日報)という事故があった。二十四人(客十八人、ガイド五人、)というメンバーで前岳に向かっていたというニュースを見て少し疑問に思った。死亡事故自体は、毎年八甲田では発生しているのでしょうがないが、
 *前岳は、ちゃんとしたコースはないはず。
 *2月のこの時期は、もっとも厳しい気候。
 *ガイドが5人もついていたのになぜ?

 やはり、ガイドという「ベテラン」がいながら、過信があったんでしょうね。「風速三八メートルの強風が吹き、視界は約五、六メートル」と強調して報道していましたけど、真冬の八甲田じゃあ毎日のことです。ベテランのガイドならわかっているはずです。それでも危機判断を誤った。ガイドだけ5人で入山したのならまだしも、客18人も連れて入ったというのが解せないです。雪崩は突発的なものである程度はしょうがないけど、それでもこの計画は無謀だと思う。ベテランということの意味を考えさせられましたね。

 **百戦錬磨のベテランというのはありえない**
 **誰もが大自然の前には初級者の慎重さを持たなければならない**


これは別に山じゃなくてもおんなじだが、
危険が増大した時に、その時に正しい判断を下せるのかどうかが大事なのである。

 山で迷ったと気がついた時、どうなるかと言うと、非常に動揺して不安感でいっぱいになる。迷ったと気がついた時はいつでも時間がない時だ。たいがい夜が迫っている。そういう時に道を失えばどうなるのか?迷った経験がない人でも少しはわかるだろう。自然と足早になって必死になって彷徨うことになる。心臓が高鳴り余裕がないから疲労も何倍にもなる。そうやって迷った人は夜暗くなるまでぐるぐると同じところを歩き回りついには体力を使い果たしてへたりこむのだ。そういう時は転落事故とか疲労凍死とかの瀬戸際の崖を歩いているようなものだ。
 はたから正しいことを言うのはたやすいことだ。評論家が正しいようなことをいくら言っても何か軽く見えるのはそういうことだ。
 同じように僕がここでいくら冷静なことを言ったところで危機の現場で正しく行動できなければ何にもならない。僕は百戦錬磨のベテランというのはありえないとさえ思う。誰もが大自然の前には初級者の慎重さを持たなければならない。大自然のすべての厳しさを経験した人などいない。危機とは常にかつて経験したこともない状況にちがいない。だから誰でもが動揺する。多くの経験値はそれをわずかに救ってくれるにすぎない。経験値の少ない状況で正しい判断を下さねばならないのだ。経験の差が数多く助けてくれるのは、危機の時ではなくて平常の時と思った方がいい。それを忘れたらベテランでも容易に危うくなる。自分をベテランと思ったら危ないと僕は何度も何度も思い返すことにしている。

2007.02.15[Thu] Post 11:04  コメント:4  TB:0  山歩きの思想  Top▲

薮地獄に守られた楽園

061023.jpg



南八甲田は、稜線がおだやかで原始の自然が残った豊かな山だと言ったけれど、それを守っているのは他でもない薮地獄である。それが、原生の深さを保持し、人の踏み込みを拒んでいる。

 南八甲田には、まともな登山道すらない。猿倉から1本だけそれらしきものがあるが、まったく整備されておらず、、薮漕ぎの連続で、ただの踏み跡でしかなく登山道と思っているとひどく裏切られる。猿倉以外の地ではまして、地図を見て破線状の道を登山道だと思って経験もなくたどるとするととんでもない苦闘を強いられることうけあいである。地形図だけで判断したら容易に薮地獄が経験できます!

 一時間漕いでも200mも進めない!

 そんなことが何度もあった。7月にもなるとネマガリタケの笹は小枝ぐらいに太くなって密生し、2m以上にもなる。ザックを背負ってそこを進むのは豪雪をラッセルして進むよりも困難である。さらに、ネマガリタケにハイマツが混じるような薮ではウエアもザックも顔も傷だらけになって腰をかがめて前進するしかなくなる。一時間進んでゼーゼー息を切らして前後左右見通しの何もきかない薄暗い薮の中で、こんなところでクマと出会ったらどうするのかという恐怖と闘いながら休息したりする。(ネマガリタケはクマの好物である。)

 沢に入っても、残置ハーケンとか残置ザイルとかは見たことがない。三日待っても深い沢では誰にも会わない。高巻きは常に薮と思っていい。沢と森の間は深い薮である。だから南八甲田の沢では、滝やゴルジュを避けて、浅く巻くとか沢ぞいにトラバースするとかはあまりしない方がいいかもしれない。浅いところとかトラバースする斜面は特別に薮が深いからだ。巻くなら一旦まっすぐに森の中まで抜けた方がいい。森の中はあんがいに開けている。
 南八甲田には山小屋というものもない。北八甲田には、登山道はいくつかあるし、山小屋もふたつある。それでも営業用の小屋ではなくて無人の避難小屋であるが。スキー場は北八甲田に、ロープウエーとリフト一本づつあるだけである。国土-西武系が計画した八甲田スキー場計画が地元の反対にあって頓挫したこともまた南八甲田の環境が保全されたという意味で大きい。

 「もはや日本には人の入っていない沢などどこにもない」というような話を聞くけれど、そんなことはない。ここにはある。一日中歩いても人跡がまったく見当たらない沢を僕は何本も歩いた。川の苔にも迂回の薮にもまったく人跡はなかった。

 南八甲田に、手つかずの原始の自然が数多く残されたのは、幸運にもいくつかの条件が重なったおかげだろう。

 まず、本州最北端、青森県という位置関係。去年までは新幹線すらなかった。そのおかげで大手の開発が入らなかったのだ。政治的にも後進地だったのも幸いした。岩手県が首相を何人も出しているのに青森県からは一人も出ていない。こういう政治的な後進性も戦後の伐採等の開発に幸運にも遅れをもたらした。杉の植林地帯は八甲田ではあまり見かけない。
 次にやはり寒さと豪雪という気象。八甲田は、やませという太平洋からの偏東風と、シベリアからの偏西風がぶつかるところで、それが予想を超えた寒冷と豪雪地帯をもたらす。その寒冷と豪雪こそはアオモリトドマツをモンスター(樹氷)に変えて守って来た。ダケカンバやブナ帯をすっぽり覆って保護してきたのだ。実際に12月から4月まで通行止めのところがほとんどである。一年のうち5ヶ月間は雪によって保護されてきたのである。

 そしてもうひとつ大きな要因は、南側には十和田湖・奥入瀬渓流という観光地があり、北側には北八甲田という登山のメッカがり、その真ん中に南八甲田があったこと、それこそは南八甲田が見捨てられ、そのことによって原始の自然が手つかずのまま残ってしまうという奇跡のような状況が作り出されたのではないかと僕は思うのだ。
 なだらかでおだやかな稜線の南八甲田に魅力を感じるアルピニストは少ないだろう。アルピニストは北へ向かう。奥入瀬ほどのみごとな渓流を探すのもむずかしい。観光客は南へ向かう。

 地形図上で確認できる名前がついた川と沢だけでも50本以上あり無名の沢も含めたらキリがないほどある。南八甲田は水の楽園である。

*** 21日に八甲田で初雪がありましたね。もう冬はまじかですね。来週あたり入山予定。
2006.10.23[Mon] Post 13:33  コメント:0  TB:0  山歩きの思想  Top▲

山岳写真ではないよ

 口の悪い僕の友人達は、
「オマエの写真は岩魚が一番いいなあ」と言う。
ふん、と聞き流していたのだが、
案外、核心にふれているのかもしれないと思うようになった。

僕自身、自分の写真は山岳写真じゃないよ、という言い方をしたりする。

山岳写真の権威あるすぐれた写真といえば、険しい岩峰、厳しい山頂といったものがテーマになるわけで、僕の写真はそういうものがメインなわけではないからだ。

険しい岩峰-そういうのは八甲田にはほとんどない。ピークまで緑に覆われている。
厳しい山頂-山頂の写真はほんのちょっとだけ。そこに至る森や渓谷がメインだ。それどころかそれどころか僕は山頂に至るのを目的としない。だから山岳写真ではない。それに、厳しさももちろん撮るけれどやさしさやなだらかさをこそ撮りたいと願っている。僕の主観的願望だけではない。八甲田はそういう山であるからだ。

南八甲田というのは、「死に立ち向かう」山ではなくて、「生命の躍動を謳っている」山、豊穣で寛容にあふれた山である。僕にはそう見える。
だから、
岩魚や山菜をとって食うことが、西洋アルピニズムとか白川義員氏の写真とかとはちがう、僕の山行と写真の核心なのでありそれがなければ片手落ちなのである。などと思う。(岩魚を食いたいからだろうという悪友の陰口が聴こえる^^)

 僕の友人の、コマーシャルフィルムの監督が、
「遭難というのに、...ちょいと憧れる」と僕に言っていたけれど、これもかなり核心をついた言葉で、アルピニズムというのはそういうものをめざしていたと思う。特別厳しい自然に立ち向かって生と死の境界を彷徨うこと、そこから生還した時に人間のアイデンテッティを確認すること、とかだろうと思う。厳しいものに立ち向かう人間の姿というのは美しい。そういうものはあっていい。

 そういうものを全否定しているわけではない。ただ僕はいくつかの疑問を持つ。
疑問を持ち始めたきっかけは、植村直己さんだった。(僕はこの人とラインハルト・メスナーを文句なしに尊敬する。)
 植村さんが、ヒマラヤ等の山岳遠征に嫌気をさして、極地の単独行に向かったのはすごくわかる。登山家でもないし3000mしか登ったことがない僕が生意気だけれど、パーティーを組んだ大遠征隊でチョモランマを「征服」しても何か特別の意味があるのかとか思ってしまうわけだ。
 それでも植村さんですら、「悪無限的な挑戦」から逃れられない。もうこれで最後にすると言ってマッキンレーに単独で入山して「遭難」してしまった。遭難ではなくて、山から降りるのがいやでそのまま寝てしまったのか、最後だという意識からクライマーズ・ハイが切れてしまったのかとか勘ぐるのだけれど真実はだれにもわかるはずもない。

 そういったすべての西洋的なスタンスとはちがった、日本の、自然に対する接し方、思想というものをくみ上げる写真を撮れるようになればいいなあと思う。
 寛容さだけを撮るつもりもない。厳しい山岳も渓谷も同じ山である。「征服」や「アタック」という言葉は似合わない。最近無節操に使われてる「共存・共生」という言葉もなにか少しちがう。写真だけの領域で、あえて言葉をさがすなら、”一体になること”、だろうか?人間も自然の一部であると感ずることが必要であるとするなら、きっとそういうことである。そうすればきっと今まで見えなかったものが見えてくるのかもしれないと思う。

 「虫けら並みの夜」の悟り

 6月の南八甲田、一週間そこに倒れていても誰にも発見されないような源流の河原で、僕はたったひとりでツエルト一枚オープンに張って野営していた。8時にはシュラフカバーに潜り込んで横になる。その時こんなことをつぶやいた。

”ランタンは消して真っ暗にする。しばらくすると木の葉の合間から星が見えてくる。夜空と南八甲田の真ん中で自然と一体になる。なんてオレは小さいんだ。ブナの幼木にも満たない。虫けら並みじゃないか。”

と。
 大自然の中のちっぽけな自分を思い知らされる。虫けらのような、米粒のような人間の存在を実感する。ここでのたれ死んだとしてもただ土に還るだけである。大自然の営みは何も変わらない。何もなかったかのように過ぎてゆく。そんな人間の、悩みや不安や煩悩といったものはふーっと吹き飛ばされて風化するだけである。なんて小さなつまらないことに心を重くしていたのか、と。そうおもったとたんに体中(こころ中)のコリが頭のてっぺんからすーっと抜けていくような気がしたのだ。煩悩とは無縁の軽やかな気持ち。これは悟りの境地というものではないか。
...、ところが東京に帰ってしばらくすると、またより戻しをくらってしまう。まだまだありきたりの凡人なのです(苦笑)。

 さておいて、本題に戻ると、

 自然を「征服」しようとか「支配」しようとか、また同じ土俵でしかない「保護」しようとかいう意識ではなくて、
人間は同じ自然であること、自然のなかで生かされていることを理解し、自然と一体になるために山に入ること、そのことによって見えてくる自然のありのままの美しさを写真に撮ることこそ僕のめざしたいものなのです。初登頂といって旗をたてる人々といっしょにされて比較されるのは心外だと時々言いたくなるのです。生意気ですか?きっと生意気ですね。説得する写真が足りないものね。あ~あ、時間も金も装備も何もかも足りない。ほらね、また凡人の悩みにとらわれ始めている!



2006.10.20[Fri] Post 16:49  コメント:0  TB:0  山歩きの思想  Top▲

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