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岩魚の刺し身と熱燗源流への旅後半
最終堰堤を越えれば源流はもうすぐそこです。ここまでが半分の行程。そろそろ野営の準備をしなければならない。河原にテン場をさがす。それと問題は岩魚がいるのかどうか。
いましたねえ。いたいた。ひとりほくそ笑む^^; ![]() 6月以降ならテントなんていらない。タープで十分。そのかわり薪を山のように拾い集めて、一晩中たく。ミズ、バッケ(ふきのとう)、山ウド、タケノコとかを拾ってきて、岩魚を2.3匹釣って、米を炊いて、みそ汁を作って、そしてもちろん熱燗をつけて飲む^^ぬぐまる。あずましい。極楽。寝るときはシュラフだけではだめでシュラフカバーが絶対必要。夜露に濡れるし、暖かさも倍ちがう。熊が出たらどうするかって?ジッツオの三脚振り回すしかねえんだろうなあ^^:熊が逃げることを祈る、だな(笑) 最終の堰堤を越えて堰堤を次々に越えて堰堤を乗り越えて源流へ源流へ行ってみよう![]() およそ日本のあらゆる川にはダム=堰堤がたくさんあるんですね。ないのはそれこそダムがないので有名になった四万十川ぐらいのものでしょうか。ダムがないおかげであの川は全流域で清流と言われている。とすればダムのないところまで行けば清流になるのか?当たりですね。ほぼまちがいない。ダム越えるほどに水はきれいになってゆく。 源流とは最終堰堤の上のことでしょう。それはもうそこはケタちがいの透き通るような水が湧いている。(例外、その上に山小屋があるところはダメ)。そこへ行くには幾つ幾十もの堰堤を越えなければならない。人工物だけでなく滝やゴルジュも越えなければならない。たいがい1日じゃ無理で、2.3泊の野営が必要です。 ![]() 美しい渓魚たち里川の魚がなぜ少なくなったか?里村を流れる奥入瀬川懐かしさのしみる山なみ
なにげない里山からはるか眺めた山脈(やまなみ)。この写真は、僕の八甲田への思い入れの原点のようなもの。原風景と言っていいかもしれない。しみるような懐かしさがこみ上げてくる景色です。子供のころからずっとこの景色を見て育ってきた。
この景色には日本の風土と生活もそのまま写っているような気がします。おそらく日本のいたるところで見られるであろうこの景色。水をたたえた田園風景の向こうに豊かな山脈が横たわっている。実は稲作文化こそ水を供給する豊かな山を守ってきたにちがいないと知らされるような風景です。右手高峰が高田大岳、左手に南八甲田。十和田市からの眺め。 ![]() 2000年5月撮影。ジナーP/ニッコール135mmF5.6 (わざわざスタジオ用の4×5ビューカメラを使用したのは、絞りF45がほしかったこと、PLフィルターを使ってエクタクローム64実効感度ISO50だとどうしてもスローシャッターになること、遠景まで晴れ渡るのは風の強い時であり、重いボディの方が有効なこと、を考慮してジナーFからPに交換する必要があったということです。Fは軽いけれどヤワですから。) 山が荒れていて入山できないようなので、きょうからしばらく過去にぼくのホームページi.Studioに掲載していた写真(現在都合により閉鎖中)をいくつか紹介します。 また寒波が
来てますね。山麓の酸ヶ湯温泉の今日の気温は-13.2℃です。八甲田周辺の道路が通行止めになっています。
「県道路課によると、十九日午前七時半、吹雪による視界不良のため、国道394号(城ケ倉−沖揚平)、県道田代十和田線(八甲田温泉−田代十文字)、国道394号(田代十文字−谷地)の三区間が通行止めとなった。」 田代十和田線というと、例の雪中行軍事件で199人もの死者を出した現場です。世界最大の山岳遭難と言われるこの事件が起こったのも明治35年の1月23日ですからこの時期。映画「八甲田山」を観るとわかりますが、天災の怖さばかりクローズアップされているけれど、むしろ人災なんですよね、あれは。計画が無謀すぎた。 東奥日報の記事抜粋(2002.1.25) 「青森地方気象台に残る当時の測候所の天気図によると、一九〇二(明治三十五)年一月二十三日朝、関東付近にあった低気圧が北東に進み、夕方には八戸沖を通過、二十四日午後には千島南部に進んでいる。等圧線は南北に伸び、西高東低の典型的な冬型の気圧配置だ。 二十三日から二十七日までは、いずれも真冬日。二十四日は最低気温が氷点下一二・三度、日中の最高でも同八・五度だった。この期間の気象状況を、同気象台は「平均気温が平年より三−八度も低く、特に二十四、二十五日は日中の最高気温が氷点下八度、最低気温が氷点下一二度以下など、最近では例のみない大寒波」と解説する。 青森大学雪国環境研究所で雪中行軍を研究していた杉見良作さん(71)は、気象記録を基に行軍当時の標高ごとの気温を試算している(表参照)。標高七百三十メートル付近の馬立場付近では最高で氷点下一三度、最低で同一六度ほどになったとみる。 さらに、日本海から津軽平野を縦断し雪を含んだ南西風と、陸奥湾からのシベリアおろしが八甲田の峰々を互いに回り込み、ぶつかり合い、乱気流を発生させる。杉見さんは「山中での体感温度は氷点下二〇度を下回っただろう。行軍二日目に前夜の露営地付近にいつの間にか戻ってしまったのは、渦巻く風の影響を否定できない」と語る。...」 なんか今年の気象状況とそっくりですね。1998年から通年営業になった谷地温泉とか酸ヶ湯温泉が少し心配です。 秘湯のいいところ
昼にぶらっと入ると誰も入っていなかったりして、たったひとりで温泉につかれたりする。八甲田元湯もそうだった。露天風呂にたったひとり。なんて贅沢なんだ。おれは貧乏だけれど心の贅沢は誰よりもしてるぞって湯船に素っ裸をたゆらせながら一人満悦してたりする。りっぱな温泉旅館やホテルの混雑した湯船じゃあそんな感傷に浸れっこない。
(八甲田元湯はつぶれてしまった。谷地温泉も外資が入って変わりつつある。400年も悠々と続いてきた湯がなぜここたった2.30年でおかしくなってしまったのか?1980年以降の日本というのはやはり何かドラスチックにおかしくなっているのではないか?と思えてくる。) 僕は単独行でないと写真のイメージが湧かない。仲間とワイワイやるのも好きだけど、人がいるとそっちに気を使ってしまう。そんなんじゃ写真を撮れない。案外不器用なんだな。そもそも都会にいると人間関係に時々疲れてしまう。人間関係って難しいなあってしょっちゅう思ってる。ほんとにわかり合える人って何人いますか?なんてことは三脚と釣り竿をかついで沢を上っていれば頭の片隅にすら出てこないのだ。こんなこと書くなんてほら、もう僕はもうどんどんストレスをためている。それが撮影のエネルギーなのかもしれないな。これが僕のスタンスなんだ。だから山に移住してはいけない。きっと写真を撮らなくなる。かな? 雪に埋まる一軒宿-谷地温泉シンシンと降る雪雪が悪者にされているけれど、![]() 雪害や雪の怖さばかりが報道されているけれど、 このアオモリトドマツのように樹氷というモンスターの纏いを羽織ることによって厳しい冬を乗り越えているものもある、とあえて言いたくなるような近頃のメディア、、、。 スレッド:写真にコトバをのせて / ジャンル:写真 湧水に癒される堰堤も見納めか
Suuntoのリストウォッチ買ってしまった。気温、高度計、気圧計、コンパスがついている奴です。金もないのになんでこんなの買うのかねえ。あんまりこういう機械ものは好きじゃないんだけどね。あぶない、あぶないなあ。もうおれは冬山に行く準備をしてるじゃないか。酸ヶ湯温泉で積雪4mで、八甲田も1月初旬としては記録的のようです。2月になったら7m越えるんじゃなかろうか?冬山どシロートなのにもうその気になってる、あぶねえ(笑)。駅の行き帰りは知らず知らずのうちに走ってるし、スタジオでスクワットもやったりしてる(笑)。厳冬期の装備がまったく足りない。資金繰りが一番の問題だ(冷汗)。でも後50年こういう寒気がこなかったらきっと後で後悔するよね。さーてどこで金こさえるべえか。今月の家賃も未払いなのに何考えてんだろおれ。
凍える渓流2![]() 川の中に踏み込んで濡らした足から寒気が全身に回ってきて震えが止まらない。レリーズを持つ手の震えを抑えるのがやっかいであった。「ひゃっこい、ひゃっこい」とか言いながらシャッターを切っている。山頂とはまた別のしみいるような寒気。「たまんねえ、しねぐれだな」引き上げて靴下替えないと凍傷になると思い、三脚をたたもうとしたが水に濡れて凍りついてどうにもならなかった。長いままかついで帰った。森に戻ってストーブを出して暖をとり靴下を替えた。ついでに雪を解かして湯を沸かしコーヒーを入れた。「ふー、たまらん、たまらん、あづましいなあ」。山でぶつぶつ独り言を言うのは僕のくせである。しかし決して「ひどいなあ」とか「最悪」とか文句をたれてはいけない。山の神様が聞いているからね。あづましい、と言うのが礼儀である(笑)。 三浦敬三-伝説の八甲田ガイド
三浦敬三さんが亡くなられました。享年101歳でした。
敬三さんは、かつて八甲田の山岳ガイドをしていたんですよね。僕はガイドを頼んだことはないけれど、敬三さんがいたら頼んでみたかったなあ。 追悼をこめて三浦敬三氏の八甲田について書かれたの文を紹介します。 「十和田湖・八甲田・奥入瀬」昭文社から 「......、ここ数年の間に、私はヨーロッパやオーストラリア、ニュージーランド、カナダ、アメリカ、さらにヒマラヤ、最近ではキリマンジャロなど30数回の旅に恵まれた。そのすばらしい岩峰と氷河、それらは全く驚嘆すべきものだった。こうして歩く度毎に私はこれらの山々と十和田周辺とを比較してみる。ヨーロッパやヒマラヤの山々は、森林限界を遥かに越え、....きびしい荒々しい、...するどく胸に迫り胸に迫り魅了されるものである。だが、絢爛たる十和田の秋、新緑の頃の奥入瀬の心の底までにじむような自然それは暖かい、うるおいにみちたものだった。こうした日本的な美しさは、冷厳なヨーロッパのそれと匹敵するものであろう。いつも私はヨーロッパの景色と較べて日本のはどうかと問われるが、その度毎に、十和田、奥入瀬のうるおいのある美しさは世界でも稀に見るものではないかと思ってますと答えているが、これは決して誇張ではない。.....それは日本の誇るべき風景であり、その美しさはいつまでも保持されて行かねばならないものだ。」 今年の冬は記録的な寒波です。八甲田も、秋も熟さないうちに一気に真冬に突入してしまいました。落果しないうちに雪に埋もれてしまった樹々。異常気象が心配です。敬三さんも案じて逝ってしまったにちがいない。合掌。 ![]() 森の長老に新年のご挨拶![]() みなさん、新年明けましておめでとうございます。 アルペン派の人たちなら、山頂からご来光とくるのでしょうが、森派(?)のわだば、森一番の古木=長老にご挨拶せねばなるめべが?ま、そんなにセクト意識あるわけじゃないけど、アルペン派のようにピークをめざすのもひとつのいき方。それはそれでもいい。ただ最近の「百名山」征服派みたいな、とにかくてっぺんをなりふりかまわずめざす、というのはなんだかなあ?と思う。結果だけが求められるという現代社会のひずみをそのまま山に持ち込んでいるだけのような気がしますが。 まあそったらこどはどんでもよくて、... 安らぎと考える時間をくれた山の神様に感謝しましょう。手打ち、パン、パン。みなさん、今年もよろしくおねがいします。 ![]() |