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苔の世界/キセルゴケ湿地帯の苔足もとの大自然森と川がもたらすもの![]() この川の岩魚は幸せ者ですね。豊かなブナの森に囲まれた川に棲む岩魚はきれいで滋養に富む水の中を生き生きとはねています。 森と川によって生かされているのは岩魚だけではない。人間も含む全ての生き物が生かされている。 豊かな森は、二酸化炭素や汚れた空気を浄化し酸素を絶えまなく創出している。 森は雨水を蓄え、生物やバクテリアや土そのものによって浄化しきれいな水を創出し、多くの生き物を育んでいる。 生かされているのは森の生き物だけではない。 森は水を川に湧出し、川は流域を潤し、海の生き物にまで滋養を供給している。 水だけではない。 森は土を作り下流まで運び、平野をつくる。その土は農村を育み都市を育てる。 母なる山ですね。山の神様は女だそうですし。 それなのにあらゆる生き物の中で人間だけは、時として平気で森を壊し、谷を埋め、川を汚すという行為を続けてきたのです。山と森と川のおかげで生きながらえてきたのに。時々その恩をすっかり忘れてしまっている。都市の傲慢。科学技術のおごり。そういうものを感じますね。 僕は、深山に入り源流を上り森や川の自然を撮ってきたけれど、人間が埋めた谷や破壊した森や川も見てきた。それを見なければ森のほんとうの美しさ、大切さもわからなかったと思う。森と川の美しさを伝えたいと思う。と同時に、人間もまた自然の手のひらの上で生かされているのだというメッセージを写真に込められたらいいなとも思う。 八甲田を本格的に撮ってやろうと取り組んでまだ7年やそこらですが、いま、中間報告という意味で写真集を編集しています。きのう色校を終えました。編集だけで7ヶ月かかりましたが、ようやく3月中には出版できると運びです。自分の作品とか写真集とかには無縁の広告写真という世界を歩んできた者がはじめてクライアント抜きでラフスケッチも何もないところで撮り続けてきた写真集です。なにせ初物ですから。どうなりますやら。ご期待ください。 八甲田の山脈4八甲田の山脈(やまなみ)2八甲田の山脈(やまなみ)デジタルの色、銀塩の色![]() ベルビア、6×6カメラを使った撮影です。補正しているわけではなく自然の条件があえば銀塩フィルムではこういう発色をします。 こういう夕景の色のトーンは銀塩フィルムの方が鮮やかに発色するようです。 僕が次にデジカメの開発でがんばってもらいたいのはこの辺のところ。現状のイメージセンサーは、1つのピクセルで1色しか取り込めない。残りの2色は、複雑な計算によって補間をして発色しているわけです。特に赤と青の発色に弱いようです。 それを実現するにはシグマが採用しているRGB3層式のセンサーが必要かなと思うのですけど、どうですかね。このセンサーはFoveonというメーカーの特許なんで大変でしょうけど、ぜひニコンかキャノンがブレークスルーしてほしいなあ。 大滝の凍結雪華カメラの防寒対策とは?
カメラの防寒対策とは実際にどういうものか?
カメラにも服を着せてやることが有効ですね。 ボアや毛皮のような素材のものをカメラに直接貼付けるのが最も有効ですし、機動性もいい。バッテリー部分に厚めに。レンズ部も忘れないこと。ここはリングが可動部なのでここに雪が入り込んで凍結する場合もあるので要注意。あとはウィンドブレーカーのようなものを着せてやるとか。ただこれだと風に弱いし、機動性もよくない。通気性が悪いと結露の心配もある。 それから、基本は長い間、寒風にさらさないことです。撮影が終わったらすぐ収納する。 あと、気をつけなければならないのは、外から屋内に入る時です。カメラをむきだしのまま家に入っては結露の心配がありますので、バッグに収納してから入ることです。バッグはすぐあたたかいところには持って行かない。室内の寒いところにしばらく置いておくことです。 もちろん人間の防寒対策が一番重要ですよ。僕は去年の12月にモンスター(=樹氷)を撮りに行った時、足の指の爪が真っ黒になってポロっとはがれてしまいました。凍傷だったんですね(苦笑)。 渓流の雪景色零下の撮影では
寒い時はポケットに入るハンドウォーマーが便利です。
ジッポのオイルをつかってプラチナ触媒によって酸化させて発熱するタイプの白金カイロと、木炭等をつかって実際に燃焼させるタイプとかあります。そんなに高いものじゃありませんから(ジッポオイルタイプで¥3000くらい、木炭だと¥1000以下)自分になじむものを使い較べることですね。バッテリーといっしょにポケットに入れておくといいですね。 ゆっくりと沢を歩く寛容=多様性の山![]() 八甲田という山は、冬は特別厳しいけれどそれでも豊かな山という気がします。豊かというのは別に金持ちがいっぱいいるというわけではもちろんない。でも貧乏人はいない。いろんな動物、植物、生物がそこそこに誰から排除されることもなく、みな等しく生きる権利を付与されて生物多様性を保ったまま生きている。そこが豊かだと思う。寛容さにあふれていると言ってもいい。寛容で豊かで穏やかな山。 いまの日本の世の中を見ていると寛容さがどんどんそこなわれていっているように見える。一部金持ちは増えているかもしれない。しかし弱者はどんどんのけものにされていっている。弱肉強食の過競争社会というのは生物多様性を維持して輪廻してきた自然界とは相反する現代資本主義社会特有のいびつな荒んだ状況にちがいない。例えば動物界では強いものが自然の恵みを独占するということはありえない。根絶やし獲物をとりつくす動物などいないのだ。熊だって相応に自分の生きる分だけを捕る。一カ所で根絶やしにするような取り方をしない。あちこち歩き回ってほどほどに食べているそうだ。破壊的なやり方をしているのは人間だけなのだ。いやちょっと昔の日本人だってそういうことはしなかったのだ。やっぱりいまの世の中かなりおかしいよね。他人のことなんかどうでもいい、世の中のことなんかどうでもいい、自分ひとりが「勝ち組」になりさえすればいいという、そういうのはもう破滅に向かっているんです。貧しい社会です。つくづくそういうことを感ずるこのごろです。寛容の気持ちを持ちたいですね。 ダイナミックレンジの狭さ![]() 風景写真にデジカメを使い始めたころは、慣れないものだからいくつもミスを繰り返していました。 そのひとつは、絞り過ぎというミス。ついF22までしぼってしまっていた。それまで僕は4×5ビューカメラを多用していたので、F22どころかF45,F64という最大絞りすら使っていた。これは、35mmデジタル一眼レフカメラでは、かなりまずい。画質劣化がはなはだしいということがわかったのでる。 レンズには回折現象というのが起こる。これはどういうことかというと、レンズを絞り過ぎると光の回折現象によって画像がぼけはじめるという現象です。これは銀塩のフィルムカメラでも起こる。だけれどそれほど気にすることではない。ましてや大型カメラの場合レンズは非常に優秀だしフィルムの受光面も大きいのでその影響は小さいわけです。ところがデジカメではそうはいかない。かなり劣化してしまいますね。 回折が起こりにくいのは、レンズの解放値から3段絞りくらいまででしょう。絞らなければピントがきませんし、今度は収差という影響もある。だからレンズの最高描写は3段しぼりくらい、そのあたりにあると考えていいでしょう。 この写真もF22です。実はやはり甘いですが、甘さがめだたないのはWeb上だからですね。印刷用途では少しつらい甘さがあります。 滝の凍結![]() この写真は、1999年にキャノンF1で撮影したものです。気温はマイナス10℃前後だったと記憶しています。F1というカメラはオールメカニカルシャッターで、電池に関係なく全シャッターが切れます。電池は露出計を動かしているだけというシンプルなもので、いわばどういう状況であろうとシュッターが切れるという頼もしいものです。いまだに現役で稼働しています。 デジカメを筆頭とする今の電池稼働のカメラは、機能が進化した分、弱さを併せ持っています。零下を越えたら電池の消耗に常に気を使わなければならない。マイナス5℃で要注意です。マイナス10℃になったらケアをしなければ稼働しません。カメラに防寒・防風仕様を施す、バッテリー・ウォーマーを使う等の対策が必要ですね。 2/6現在、八甲田山麓の積雪は480mmです。また冷え込んできましたね。 森の写真と都会の写真
僕が撮り続けてきたもう一つのテーマに「幻色の都」という都会の写真があります。僕が今住んでいる東京をテーマにした写真です。
まったく正反対の写真に見えるふたつのテーマ。だけど、川を基軸に見れば、上流の写真と下流の写真です。 山や森が作った水を川が下流に運んだからこそ平野ができてそこに都市ができた。都市は森のおかげで生きている。発展を続ける都市はそれを忘れてしまったように見える。僕はできるだけ美しい都市を撮り続けた。技法も重ねてきらびやかに撮影した。それを幻色の都と名付けた。一方で僕はありのままの森と川の自然を撮り続けた。僕が転向したわけではない。ふたつとも一貫した僕のテーマです。よかったら「幻色の都」も覗いてみてください。 http://blog.goo.ne.jp/wak2005/ 僕は、東京に住んでいることではじめて獲得できるであろう感性で森と川の自然を写してきたと思ってます。森に感謝する気持ちかな。地元の人とはまた違った次元の。 源流への壁=ゴルジュ源流の水はどんなですか? |