写真家の山暮らし

Photos of Japan north country and the Photographer’s Journal 南八甲田の麓、奥入瀬川のほとりの山のスタジオからNature Photoを添えて日誌を綴っています。2012.3.11に恵比寿のスタジオをこちらへ移転しました。

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竜神の滝上段(7)へ

竜神


それで僕は崖を登った。
崖の草をつかまえ、土に手をねじこみながら這い上がった。道具も何もないから素手登り。
木まで到達してようやく一息。ヤレヤレ。下を見るとちょっとめまい。

自分の足が写ってるね。

おお、一段目の滝壷が見える!(あそこで泳げるかな?この滝は90mだから一段目は60から70mくらい。70mの懸垂下降!ちょっと自信ないな。それともここからトラバースか。40m2本とザイルパートナー2人。誰か同行してくれないかな)

竜神

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2006.11.30[Thu] Post 18:14  コメント:2  TB:0  八甲田山歩きの旅  Top▲

竜神の渓谷6

竜神


暗門をくぐるような感じでそこを抜けると、見えて来た。
雰囲気がまたがらっと変わって抜けるような空が広がっていた。
どうしてこうも変わるのかなあ?同じ空なのにあのどんよりした空気はどこへ行ったんだ?
竜神様はいつ見ても美しい。春と比べて水量がかなり減って三段滝の様子が鮮明になっている。
でもこんもんじゃないぞ。この滝は、下から見上げたんでは一番美しい一段目の滝が半分以上隠れているからだ。
あれに登ってやろう。

竜神



竜神

2006.11.30[Thu] Post 15:18  コメント:0  TB:0  源流  Top▲

竜神の渓谷5

青く鈍く輝く漆黒の壁は、凝視して見ても錯覚ではなさそうでやはり青い。見とれてしまいました。ゴジラの肌のような。
ああ、これが竜の肌なんだと思った。この先で出会うであろう滝はその一部にすぎない、と。この渓谷全体が竜神なんだ。
(竜神の渓谷とは、僕が勝手に命名したものです。先人の牧野組合の人達らが竜神様と崇めまつったのは、滝そのものです。)

 何かの鉱石でしょうか?僕にはわかりません。

竜神の肌


竜神の肌2


竜神の肌3



竜神の肌4

2006.11.28[Tue] Post 12:00  コメント:2  TB:0  源流  Top▲

竜神の渓谷4

竜神の渓谷


奇妙な岩肌がずーっと続いていた。とげとげしい岩ときれいな水の対比がなんとも言えない。この岩壁は、竜神の渓谷にさしかかってから漆黒に塗り変わった。

竜神の渓谷



竜神の渓谷


漆黒の壁を見上げると、何千もの筋を作って清水がしたたり落ちている。水面を見るとしたり落ちた水がはねている。
何百年か何千年かであろう年月をかけて、したり落ちる水に浸食されてできた芸術だね、これは。


竜神の渓谷



竜神の渓谷

2006.11.25[Sat] Post 20:54  コメント:2  TB:0  源流  Top▲

竜神の渓谷3

竜神の渓谷


 奥の岩壁が異様に青い。近くに行って見ると、岩清水になって水がしたたり落ちていた。その水に空の色が反映して青くみえていたようだ。ここは終日、日が差さないのだろう。ぞくっとするほどひんやりとした空気が流れていた。いいなあ。たまらない。ぞくぞくわくわくする。自然の造形というのはすごいよね。造形だけじゃない。しみいるような静けさ、ただよう冷気(霊気?)、ここにきて突然の舞台の暗転。この先に進んでわかったのだが、ほんとにここだけ景色がちがっていた。この向こうに滝があるのはわかっていたけれど、そこまでたどりつけるだろうかと、疑心暗鬼になりながら進んだ。水もおそろしく冷たい。

竜神の渓谷

2006.11.24[Fri] Post 11:41  コメント:0  TB:0  源流  Top▲

採り残して来たキノコ

きのこ

きのこ2

きのこ3

きのこ4

きのこ5


先日、山から少しだけ恵みをわけてもらう気持ち、
が大事だと書いた。
釣り尽くし、採り尽くし、遊び尽くすというのは、ダメなんだ。

利潤を追求するためにあらゆることをやりつくすのが、「自由競争」という名を持ってする現代資本主義の行動形態だし、
そういう考えというのはそこの下部構造に発しているわけだ。僕も含めて多くの人間がそういう考えからなかなか逃れられない。

自然も社会も人間関係も破壊して、おかしくしてしまったのはそういう思想である。

少しだけわけてもらうという気持ちは、ケチくさく生きようということではない。
際限ある資源をみんなで分け合おうという思想にほかならないし、
そうやって共生する考えを持って生物多様性を維持しないと生態系そのものが壊れてしまうよという考えを持つことなのだ。

自然の中に入って行けばそういうことを教えられる。

岩魚もなめこも少しだけとればいい。

食べ尽くす、飲み尽くす、遊び尽くす、こんな言葉が雑誌にあふれているじゃない。かっこいいスタイルかのように。
そんなのなんもかっこいいわけじゃない。資本主義の掟にとらわれているにすぎないよ。

崩落1


崩落2



崩落3



崩落4



美しい自然が残っているのも事実だけど、この南八甲田ですら日々崩壊がすすんでいることも事実だ。

 この前の10月に来た時は、とんでもない嵐に遭遇して、奥ににほとんど一歩も入れなかった。その時の崩落の跡は各所にあった。
 崩落は年々増えて広がっているように見える。こういう自然破壊というのは保護地域を設けて足りるとする環境行政ではまったく救えない。オゾン層が破壊されて地球環境がおかしくなっていると警告がなされてから20年以上経つのにまるで対策が後手後手になっている。母なる大地を壊したら生きて行けなくなるのは人間なのに。


笠松峠



 笠松峠のアオモリトドマツを、見事な朝焼けが照らした。写真を撮れと山の神様は、峠を急いでいた僕を立ち止まらせたのだ。
2006.11.21[Tue] Post 15:56  コメント:3  TB:0  環境問題  Top▲

水がもっとも美しい季節

前回、エメラルドグリーンの淵を紹介したけれど、
ここだけが特別だったわけではない。
この一週間、南八甲田の川や沼のすべてが水の美しさに輝いていた。
G沼

支流の沢

広河原

源流


 伝説の沼でも支流の沢でも広河原でも、深奥の源流ではさらに際立って、水の美しさは光り輝いていた。

僕の経験のなかでも、この一週間の南八甲田は過去最高の美しさを見せたと思う。なかなかこうは条件が揃うものではない。
僕の勝手な持論だけれど、晩秋こそ最も清冽な水をたたえる季節である。もちろん雪のないところではそれはわからない。ここでは厳しい冬の直前に最高の水の輝きを現わしてくれる。

 G沼ほかは、また後ほど紹介します。

2006.11.20[Mon] Post 10:14  コメント:4  TB:0  渓流  Top▲

竜神の渓谷2

竜神の渓谷の入り口へようやくたどり着いた。
最終堰堤からここまで高巻くことなく、川をずっと遡行してきた。
ずるずると5時間、と書いたけれど、ただ歩きづめだったわけではない。
途中の景色もすばらしいものだった。
夏でもまだ雪解け水が混じっているから、川の水はこの季節がもっとも澄んでいる。
ほとんどすべてが百年も濾過されて湧き出た水と思えばすばらしい。
雪が降る直前のこの季節こそは年中でもっともいいにちがいないとにらんだ通りのすばらしさだった。
このエメラルドグリーンの水の色こそ、源流の色である。
B沢

2006.11.17[Fri] Post 14:30  コメント:0  TB:0  源流  Top▲

竜神の渓谷へ

 別に僕は紅葉を撮りに行ったわけではない。
 通読してくれている懸命な読者なら薄々感づいているかもしれないし、
僕の親しい友人達には話もしているのだけれど、
僕は、来年のある計画のための調査のために山に入ったのだ。
その計画は実行可能なのかどうか?
単独でも行けるのか、チームが必要なのか?ほか諸々のことを調べねばならない。
この先、年齢・体力・気力を考えると今やっておかないときつくなるというようなことをたくらんでいるわけだ(笑)。

 その矢先に、死体と出くわした。その調査の行き先の入り口で。

 つまらなくも、これは何かの暗示なのか?とも考えたりした。考えあぐんでも何も出てきはしないので僕は検死が終わった後、その足でまた奥へ入って行ったのだ。先に進まないかぎり何もわかりはしないさ。
 1週間の山行を終えて、結論から先に言うと、あれは暗示ではない、山の神のご挨拶だ。乗り越えて中へ入っておいでというご挨拶。さあ行くか。考えは固まりつつある。

 
 
 最終堰堤から川に降りて、
 まだかまだかと言いながら、
 あのカーブまで行ってまだ先が見えなかったらもうやめようと思いながら、
 いやもうひとつあの岩を越えてからとか、まだ歩けるしとか、
 足も腰も肩もパンパンになってもう休んで引き返すべえと腰を降ろして休んだら、また歩けるようになったしとか、
 ずるずると川を5時間あまり遡行したころだった。

 景色が変わった!
 雰囲気が異様だ。
 あれだよ、あれ。あの異様な御用松の崖こそまちがいない。先人が竜神様と崇めまつった滝がこの渓谷の奥にある!
竜神の渓谷



竜神様

2006.11.14[Tue] Post 10:07  コメント:0  TB:0  八甲田山歩きの旅  Top▲

林道や堰堤を越えて

林道


 林道や堰堤というものは、人間が原始の自然に橋渡しする融合点みたいなものだけれど、
すべてが不必要なものでは決してない。それらすべて悪と考えるのは、悪しき環境保護運動主義と言っていい。
一方的支配-破壊というスタンスで自然に接してきた欧米的自然観の裏返しと言っていいもので、そういう狭い思想にとらわれた自然保護論者は日本にもいる。そういう自然保護論というものは、人間が自然を支配するということと同じ土俵の同じスタンスなのだということが理解できないようだ。聖域として、自然が残されている部分だけを保護してやろうという考えではもはや決して、地球環境全体の自然を保全することすらできなくなっているということをみんなが理解しないと大変なことになると思う。
 論議を深める必要があるけれど、きょうはここまで^^;長くなるとみんな読まなくなるからね(笑)。

林道も堰堤も美しいでしょ。この林道はいま一般車通行止めになっている。それがいいんです。少しだけ自然の恵みをわけてもらう気持ちがいい。どかどか車で入ったらだめです。3時間も4時間も歩くからいいんです。そうやって肉体を使った人間は自然も迎え入れてくれる。堰堤

2006.11.13[Mon] Post 21:27  コメント:0  TB:0  八甲田山歩きの旅  Top▲

源流で日が暮れる

 疲れ果て 南八甲田の真ん中で 空を見る

源流の空

 
061112.jpg


 あと1時間で日が暮れる。そろそろ寝どこを決めねばならない。
それほど寒くないから今日は思い切ってテントなし。焚き火山盛りにしてタープ1枚だな^^;クッ、自殺死体を思い出す。
2006.11.11[Sat] Post 15:19  コメント:0  TB:0  源流  Top▲

原生林の黄葉

南八甲田の秋は、紅葉ではなく黄葉と言ったほうがいい。
赤くなるのは、山麓ではモミジやカエデ、深山ではナナカマドなど一部で、ブナやダケカンバやツタウルシなど黄葉が大半を占めるからだ。秋は、川を離れて高巻くのも愉しい。キノコもあるしね^^。みごとなナメコとムキタケは来週にでもアップします。
紅葉1

紅葉2

紅葉3

2006.11.11[Sat] Post 12:13  コメント:0  TB:0  紅葉/秋  Top▲

南八甲田は奥深い

 死体を警察にあづけた後また僕はひとりで南八甲田の奥へ向かった。警察は6人くらいがきて検死を終えて死体を運んで山を降りて行った。
 自殺者は、誰もいない山奥へ行って静かに死のうと思ったのかもしれない。誰にも出会わないような山道を4時間も歩いてさらに崖のような道を標高差100m以上も下って松見の滝を最後に見納めたのかもしれない。その後さらに滝の上へ行って、ひっそりとしたブナ林の斜面で横たわったのだろう。どんな理由があったのかしらない。冥福を祈るだけです。

山で死のうというのは自由です。止めようもない。

ただ、
山で静かにきれいに死のうというのは幻想にすぎない。

死体はぼろぼろにされる。キツネやタヌキやテンやネズミが食い荒らす。死んだものは必死で生きるものたちに食われる。それが自然の掟です。きれいに死ぬというのは人間だけの勝手な妄想にすぎない。ただ死体だけが残る。それが現実です。

 南八甲田は深い。ここらでも1/3にも満たない。それもただ先人の開いた林道を歩いてほんの少し山に足を踏み入れただけにすぎない。山や渓谷の厳しさが増すのはこの先なのである。ここから薮はますます濃くなり森は深くなり渓谷はきびしくなる。先日、猿倉の登山道で登山者と出会ったけれど、彼は”南八甲田を制覇しました”と言っていたけれど、とんでもない。彼は全国の山を「制覇」したそうです。山岳雑誌にもいくつも記事を書いている人だそうですけど、何か勘違いしてませんか?あなたがたどったのは先人が切り開いたわずかなたった一本の登山道を行き来しただけです。

「制覇?みぢはずれで山さひとりで入いねばわがねべ」
と不機嫌にしゃべった僕の言葉がわからなくてキョトンとしていたようですが。

*松見の滝と南八甲田の山脈(やまなみ)

松見の滝



 松見の滝は、下から見上げた写真がほとんどでそれではこの滝の威容はわからない。下からでは2段目の滝と1段目の半分を見ているにすぎない。僕は松見の滝の全容をなんとか撮れないものかとさがして歩いた。
 このポイントは、対面の尾根のピークである、幅1mもない馬の背のような尾根を渡ってたどりついた絶壁である。
 南八甲田の奥に踏み入ればその薮の濃さはまるでジャングルだ。木の枝のように太くなったネマガリタケが立ちふさがる。

 
061109c.jpg
061109b.jpg

2006.11.09[Thu] Post 09:25  コメント:2  TB:0  八甲田山歩きの旅  Top▲

晩秋の源流。ショッキングなスタート!

一週間の八甲田滞在から戻りました。

2日目に山中奥深くで死体を発見して驚いた。

ブナ林の下り斜面のくぼみでシュラフに入ったまま横たわっていた。
真っ青な顔を見て悪寒が走った。きのこ採りとも登山者とも思えないただのスニーカーが2つそろえてある、シュラフが夏物でこれでは今の時期は夜を越せない、自殺かもとすぐ思った。顔はまだきれいなままだった。「オーイ!」と2.3度声をかけた。体も揺らしてみた。ぴくりともしない。
すぐ山を降りて警察に届けた。
まだ1日2日しか経っていないだろう。腐臭もなかったし。発見が遅れたらけものに食い荒らされていたにちがいない。人が通るところじゃないし僕がここを通らなければ白骨化していただろう。僕も5m離れて歩いていたら発見できなかっただろう。

ぞっとしたなあ。

場所は、黄瀬川の松見の滝入り口のさらに奥の林道を登って、滝の上に出ると思われる斜面を下ったところ。ここまでは林道入り口から4時間はかかるところ。道はなにもない。およそ誰も人が入るようなところじゃない。僕もはじめて入ったところだ。
疲れ果てた末の過労凍死かとも思ったけど、4日後に駐在所に行って聞いてみたら、家族から捜索願が出ていた人だったそうで自殺らしいです。少しほっとしましたね。家族のためになったわけですから。
気持ち悪いなあ、とかいいながら警察の検死の後、
「オレもう行っていいですか?」
「ああどうもごくろうさまでした」
という会話の後、また僕はその斜面を下って奥に入って行った。

合掌。
はやく見つけてやれと山の神様が僕を呼んだのかもしれないなあ。
(日本中を覆う自殺者の群れは八甲田の山中にまでおよんできたということか?山は死ぬところではない。命を蘇らすところであってほしいなあと思う。)

追記。
この事件は報道されなかった。自殺だからであろう。遭難事件ならニュースになったであろう。ニュースにとりあげられない多くの自殺事件があるらしい。年に5万人も自殺しているのだから。
 



2006.11.05[Sun] Post 12:39  コメント:2  TB:0  八甲田山歩きの旅  Top▲

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