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自然と対話する姿勢とは何か?![]() 「岩木は、ずいぶん丸くなった」と今年はずいぶん人に言われたけれど、それは勘違いだ(笑)。 山へ行くと、思い通りにはならない。相手(自然)の都合を聞くしかない。嵐や吹雪に行ったって自然にかないっこない。相手をコントロール(支配)できないのだ。自然環境と対話しながら行動するしかないのだ。相手の話を聞いてやるという姿勢にならざるをえない。 都会ではちがう。人や人間関係というものはある程度コントロールできる。自分のやりたいように行動することは可能だ。人を説き伏せることも可能だ。それがどういう結果を招くかはとりあえず別にすれば。 相手を説き伏せたり支配したりするだけでなく、人におべんちゃらをつかったりヨイショしたりすることもある意味でコントロールであろう。それでコントロールできる人がいるのだから。自然相手にはそんなことはまったく通用しない。 今年はずいぶん入山したので、(ガサツな僕も)自然と対話する姿勢が身に付いて来たということでしょうか?それなのに東京に戻ってくると、あいかわらずヨイショなんかしないしストレートにものを言い過ぎる。人づきあいがへたくそ。全然丸くなってない。反省してます。 対話する姿勢というのは、自然をコントロール(=支配)しようとした欧米の自然観とちがって、日本独特の風土そのものから生まれた自然観から来たものだと思いますね。里山という言葉は欧米にはありませんから。里山にしろ農村にしろ豊かな山とそれが排出するきれいな水がないかぎりなりたたない。たいして水がなくても育つ麦作文化とちがって水田はそうはいかない。一年中大量のきれいな水が必要なんです。それを作り出す山を取り尽くすということはありえなかったんですね。山は日本中どこでも神様だったわけです。縄文文化以降も日本では山が大切にされてきたのはそういう理由があると思う。 都会人はそういうことを忘れている。自然と対話するということも忘れている。やがて対話するという思想そのものも忘れてしまうかもしれない。とりつくす、やりつくす、自分だけよければいいという行動をとる。今の日本はそういう方向に行ってませんか?都会人だけでなく田舎の人ですら。都会人こそもっと自然と対話する時間を増やさなければいけないのだと思う。なぜかって?なぜそんな一銭にもならないことをしなければならないのかって?そういう質問自体が、自分だけよければいいという利益主義だし効率主義だしそれが自然や社会を壊している根っこのものではありませんか?そんなことを考えさせられた一年でした。 みなさん。この一年どうもありがとう。よいお年を。 共存・共生という言葉の薄っぺらさ
4000頭の熊を射殺。去年一年の捕殺数だという。
驚くべき数字ではないか。1万2千頭前後と言われる生存数の1/3を抹殺してしまったことになる。 それなのに、「やむをえない」という声すら聞こえてくる。 自然との共存・共生という言葉や思想が薄っぺらなものでしかなかったということをこの数字は明らかにしていると思う。 例えば、青森県でも300件近い熊目撃情報が寄せられたけれど、実際に人が傷ついたりしたのはたったの数件である。 それなのに(全国で)4000頭も射殺したのだ。 普段、共存・共生をしゃべる人ですら「射殺もやむをえない」と言う。 自然との共存・共生の思想というのは、人間に都合のいい部分だけで自然を保護しようということではけっしてない。 熊が死んだら森も死ぬ。森が死んだら人も死ぬ。生物多様性を持続的に維持しなければ人間も生きていけないという思想でなければならない。熊は人間に直接的に危害を加えるから殺す、シカはそうじゃないから保護する、こんなんじゃ生態系は壊れてしまう。 僕も正直、熊は怖い。でも熊も人間が怖いだろう。人間を襲う熊はめったにいない。危険だからと先に殺してしまう-こういうのはけっして共存・共生とは言わないよ。 太古からの時間支流のS沢_滝の上へ支流のS沢へ![]() キャノンEOS5D/EF17-40mmF4L_ 1/50 F8 ISO200 ![]() 南八甲田の象徴のようにきらめく沢へ入渓するには、まず滝を登らなければならなかった。そうか、そのおかげで人があまり入らなかったのか。どおりでわりと近場なのに手つかずの自然が残されていたというわけだ。 今度は、山歩きが多そうなので靴を変えました^^; この滝はまだ一段目です。この先にもう一段あり、さらにその先にナメ滝-ナメ床と続いていた。 そんなに期待していなかったのに、予想を越えた風景に出会う、写真家にとってこんなにうれしいことはない。ルーレットで、なにげなくチップを置いた目にずぼっと玉が落ちてしまった感じかな(笑)。 追記 Tammyさんが南八甲田アーカイブ第一集「暗門の回廊」を自身のブログで紹介してくれました。どうもありがとう。Tammyさんは、北海道でフライフィッシングの毛鉤を手作りする職人さんです。http://tamydesign.blog23.fc2.com/ 芸術品のようなフライが美しい。みなさんもぜひごらんになってください。 南八甲田の真髄とも言える光景![]() R沢大滝を去って、僕はひとつの支流の沢に入った。 晩秋だと言うのに、きらめくような草木の生命力。 あちこちにあふれる清冽な水の流れ。 岩魚が走り、聞き慣れない「キョーン」とか「キキキキキーッ」という野鳥の鳴き声が響き渡る。 まぎれもない楽園なのだ。 どこにもありそうな何気ない風景なのにすべての生命力の力強さがちがうような気がする。 このシーンこそ南八甲田の真髄なのだと思う。 寛容に満ちた豊かな自然。あづましーっとおもわず唸っていた。 この沢に早朝に入るために僕は、真っ暗な夜に歩き始めた。ここには林道があるからヘッドランプをつければ夜であろうと平気だと思ったのだ。林道の途中でキツネを見た。ヘッドランプをつけた僕の方を注視してわずか50m離れたあたりでじっとしばらく見つめてやがて立ち去った。それからはどうにも周囲の気配が気になって落ち着かなくなった。あのキツネは山の神の化身かなと(笑)。キツネにしろテンにしろ熊ですら、ほとんどのけものは夜行性である。気配が充満しているかにみえる山の夜の静寂(しじま)はどんよりと深い。心細い闇の中を一時間ほど歩き、ようやく空が白けてきた。やがて抜けるような朝陽が沢に差して来てこの光景に出会った。 今回は、いきなりの遭難遺体(自殺?)でショッキングなスタートで、厳しい渓谷を越え、薮をこぎ、崖を降り、大滝の上に立ったりしたけれど、山の神はようやく穏やかな光景を拝ましてくれたような気がしましたね。 滝上の絶景
あそこが滝の落下口だ。
![]() 滝の上に立った。 ![]() 何度見てもこの写真を撮った時の冷や汗を思い出す。 僕は滝の流れを二条に割っている岩の上に立って真下を覗いた。 滝の上という状況でなければなんてことはない岩なのだけれど、そう思わなければいいというのは無理な話で、滑らないようにと慎重になればなるほど、足がふらついてしまう。 ファインダーを覗くとめまいがする。カメラを眼から離して、カメラを持った手をめいっぱいに伸ばしてシャッターを切った。風よ吹くな。祈るように何枚も切った。 ![]() 水が躍動している。南八甲田の山で精製された清冽な水がここで飛び散って躍動している。 突風がきたら落下する危険を忘れて滝の真上に立ち尽くしてぼくは感動していた。 ![]() 撮れたと思って岩の上に座り込んでしまった。へっへ、おー怖。心臓が高鳴っている。絶景だあ。羽があったら飛びたい。 ![]() 大滝の上へ
滝の上にまわって崖の降り口を探した。なかなか見つからない。こういう時は上からながめているから見つからないのだ。ある種の強引さが必要だ。上からだから見つからないのなら、一歩降りてみればいい。
で、薮に覆われて下が見えていない45度ぐらいの急斜面をネマガリタケをわしづかみにしながら無理矢理降りた。だめなら登り返せばいいさ。ネマガリタケが密生しているうちは登り返せる。そう思って15mほど降りた。ウエアやザックや顔を薮にたたかれながらゼイゼイ息を切らして薄暗い崖を降りた。薮はすぐに明るくなって川面に出た。 ほら見ろ!僕は賭けに勝ったような上々の気分になった。 ![]() 一枚岩を浸食して出来たなかなか勇壮な渓谷だった。 ![]() ![]() 見えた。あれが滝の真上だろう。よし、あそこへ! ![]() もうひとつの大滝![]() あの川を離れて、南八甲田のもうひとつの大滝にやってきました。 この滝は、30mくらいあるだろうか?遠くに見えているのは赤倉岳です。 ![]() 滝はいいよね。なにも言わずにほぐされる。もう少し見ていたかったのだけれど、危なっかしい足場だったので急いでこの場を離れた。崖が崩落しているのだ。僕はあの滝の上に立とうと思いたった。あそこなら立てる! ![]() 崩落の現場はこれで3カ所目だ。これも10月の、八甲田観測史上最大の降雨を記録したあの嵐の傷跡だ。僕はあの時、山の中腹で身動きとれずになって撤退して、その帰りにかつて八甲田で見たこともないような濁流を見た。開発や伐採のせいではない。自然そのものが壊れ始めているような気がする。南八甲田のような、人も開発もあまり立ち入らず原始の自然が残っているようなところでも破壊が進んでいる。何度も言うように、自然を守るには、ある地域を保護すればいいというレベルをもうすでに越えているのだと思う。大量消費社会に無自覚に踊らされて「自然は守らなくちゃね」などと言っていることほどこっけいで偽善的なことはないのだ。今年ヨーロッパアルプスではいまだにほとんど雪が降らなくて、スキー場は全滅だし、熊も冬眠できないそうだ。どう見ても壊れているね。 このポイントは、もう来年は歩けなくなっているかもしれないね。そうなったらもうここの写真はこれで終了かも。 山の神にしたがう唯物論者
悠々と泳ぐ岩魚を見た。
せかせかと生きているのは人間だけではないのか。 山を歩く時は、走ったりなどしない。そんなことをしたらすぐ息切れがしてしまうか、事故を背負い込むだけである。落ち着いて一歩一歩ゆっくりと歩を進めるしかないのだ。急いたり近道を無理矢理探そうとするとあとあとピンチを招くのが常なのだ。厳しい自然に向かうほどそういうことを教えられる。 大自然はそういうことを、懇切丁寧にあるいは何度も何度も僕たちに教えてくれるのに、何も学んでいない人たちがいることは残念なことだ。 山頂まで何時間で登れるのかを競っている登山者を見た。渓流を走るように縦断する釣り人のグループも見た。一日で何本のコースを滑れるか駆け足のように回っているスキーヤーも見た。こっけいとしか言いようがない。こっけいだと笑われているうちはまだいい。山の神様はそういう人間が嫌いなのだ。いつか罰が下る。 僕はよく山の神という話をするけれど、べつに宗教者でもないし何かの宗教団体に入っているわけでもない。いやむしろ僕は唯物論者だ。神とかいうものは人間の脳みそが作り出したものでしかないということに疑問を持たない。 じゃあなぜそんなことを言うのかって? だって人間は自然のすべてを理解しているだろうか?人間の予測を越えた大自然のメカニズムを理論的にすべて説明できているだろうか?理論化されたものだけを根拠に行動することは、逆の意味で人間の傲慢なのだと僕は思うのだ。 理論化されていないけれど、先人達の多くの経験、何千年の歴史の中で「神様の教え」というかたちで伝承されてきたものというのは、浅はかな科学至上主義よりもずっと深い真実が隠されていると思うし、唯物論者である僕の脳みそはそれに従えとささやいてくるのだ。 科学とか学問というのもまた歴史的に検証されてはじめて実証されるものなのである。マルクスが、歴史学という学問しか存在しない、とどこかで語っていた(どの著作か失念した)けれど、それはきっとそういう意味だ。 すぐ「近代科学」とかいう言葉を持ち出して先人の教えをおろそかにすることのおろかさを僕は常にいましめているだけなのである。 どうぞ僕の傲慢なしゃべり方を看過して下さい。時々はっきりと僕の耳に聞こえてくるかにみえる山の神は、これからも時々現れてくるでしょうから。 この岩魚は逃げようともしなかった。6月のアカネズミ(ヒメネズミ?)も逃げようともせず僕の手のなかでじっとしているだけだった。6月7日投稿のブログ参照。この時僕は「暗門の回廊」にたどり着いた。僕はこのネズミは山の神の化身なのか?と笑った。この岩魚も山の神の化身だね、きっと。、、、、、看過してください(笑)。 竜神の滝上へ![]() また、ひとやま降りてそれから登り返し、滝上へ向かった。巻いてからの崖下りは、地図を見るとかなりの落差なので難行を覚悟したのだけれど、すんなりとルートを見つけることができた。 それはいいのだけれど、滝上のお釜がけっこうでかい。両壁がオーバーハング気味の絶壁で淵がかなりの水量だ。 ![]() ![]() 滝上に立とうと思って、壁を登ってみたけれど、疲れがたまっていて身体が動かず降参。ザイルも足りない。淵を泳ぐには寒すぎる。 楽しみは来年にとっておこう。夏ならもっと水量も多いだろうし、泳ぐにもザイル確保が必要かな?流芯にもっていかれたら滝壺まっさかさまだよね。 ふ〜、崖上でくたばるの図。単独でもいけるめどがたって調査終了。あとは来年だべさ。10月30日。この後、帰京してから八甲田山にはすぐ雪が降った。平年より20日は遅れている。調査中に降雪がなくてよかったなあ。 山の神様に感謝。 明日は、もうひとつの、あの大滝へ行こう。 南八甲田遠望と竜神の滝
滝の中腹まで登って撮ったけれど、僕はどうもまだ納得しないので、また別のところへ向かったのだ。
これは谷をひとつ越えてまったく別の山からだ。2時間かけて一旦おりて野営し、また次の日、別の山へ登り返したのだ。 ![]() その撮影ポイントは、馬の背の尾根のどん詰まりにあった。幅1mもないような背を崖のどん詰まりまで行ってようやく見えてきた。松の枝にさえぎられて全貌を見渡すのは困難だけれど、おそらくここがこの滝を全貌する最高のポイントだろう。猿倉岳や乗鞍岳も遠望できるすばらしい眺めだった。ただ写真は物足りない。日が高く上がり過ぎている。また来年の宿題ができてしまったかな。 ![]() ![]() 次に向かったのはあの滝の上です。 (この山の下山ぎわ、薮こぎの途中でけものの臭いがしてぞっとした。いたんだろうなあ、さっきまで熊が。おーい、おーいと声を出しながらそそくさと下山した。)) 竜神の滝上段で.2一服しよう |