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見事なサルノコシカケ残雪期の山と川の危険度僕らは自然の色を撮っている![]() EOS1DsMKII /EF16-35mm F2.8L II 0.8秒F11 ISO100 色温度5455K 現像Adobe LightRoom 露光補正+1 コントラスト25シャープネス25(デフォルト) Web用のリサイズとJpeg変換とsRGBカラーへの変換は、PhotoshopCS2である。 なぜこと細かにデータを載せたかというと、 先日某カメラ雑誌編集部に、 「最近の読者は、ハデ目の色を好むんですよ」という話を聞かされたから少し気になっていたのだ。 データにあるように、僕は彩度とかトーンカーブとかはほとんどいじっていない。そのスタンスをあまり変えようとも思わない。 なぜか? ネイチャーフォトは、すぐれたドキュメントでもあると思うからだ。 葉っぱの色、空の色、水の色とかは、その土地独特の、その季節独特のドキュメンタリーを含むものであると思うからだ。 それを、受けがいいように変更していったらどうなるか?写真のドキュメンタリー性というひとつの価値をなくしてしまうと僕は思う。その季節、その時間、その気象条件の現れとしてその時の空の色が現出している。僕らは自然が提示してくれた風景を撮っている。僕がどのメーカーのカメラを使おうと、汎用性の高いAdobeの現像ソフトを一貫して使おうとしているのはそこにも一つの理由がある。 人それぞれだしいろんなスタンスがあると思う。コマーシャルでは、またちがったアプローチがあると思う。 ただし、例えば欧米の「Natures Best」とか「Wild Life」とかの公募では、極端な画像処理、レイヤーとかマスキングを使った画像処理がなされた写真は失格になるということは覚えておいてもいいと思う。(RAWデータの提出が義務づけられている) 冬芽が落ちて春が来る入山は慎重に!
この時期に1ヶ月ぐらい彷徨したって死にはしない、と昨日書いたけれど、加筆しなければならないかな?
青森や秋田では毎年、山菜やきのこ採りで遭難者が何十人も出ていて死者も出ている。それも何年も山に慣れ親しんだ人がけっこう遭難している。 だから、遭難しないためには、装備、経験、技術が絶対必要なのです。このブログを読んで安易に山に入る人が出て来ないように加筆しておきます。 前述したように、山菜採りのベテランでも遭難するということは、主に装備が足りないのだと思う。 *テント、寝袋、雨具、コッヘル・なべ類は絶対必要だし、 *コンロ類もいるし、ボンベが空になった時にたきびの技術も必要です。 *地図とコンパスと読図術も必要です。慣れてる山だから平気というのは甘すぎる。山菜採りなどでは、林道からわずか何百mで救助されたという例も珍しくないのです。暗くなったりガスが発生したら100mを進むことすらむずかしくなる。 登山道が整備されている北八甲田なら別ですが、南八甲田は、道標がある登山道はほとんどありません。唯一踏みつけ道みたいな登山道がある猿倉と赤沼への道ですら、ガイドブックをたよりにはじめて入ったとしたらほとんどの人は迷うでしょう。しかも南八甲田は川と渓谷が入り組んでいます。迷ったら川に出てそれに沿って下ればいいというのは最も危険です。技術と装備と経験がない人の川下りは転落しにいくようなものです。 僕は、ある沢で、下山時にヘルメットをかぶった登山者に出くわしたことがあります。源頭部から下って半日かけてだいぶ降りてきたころのことです。 「この先はどんな感じですか?岩魚はいますか?」と声をかけてきました。 その人を見ると、ヤッケもズボンも泥だらけ、顔にも擦り傷を作ってました。話を聞くと滝を高巻きして薮地帯に突入しそこを抜けてまた沢に入る時に崖下りがあって相当苦労したようです。 「ああ、あそこ下ったんだ?あそこは下りるとこまちがえるとえらい苦労するよ。」 「八甲田の薮は濃いと聞いてたけど、こんなにすごいとは思わなかった」と息をきらして言ってました。 「この先も高巻きが2回あるよ。テントがなきゃ今日中は無理だね」と言ったら思案にくれてました。 東京からきた人でした。ヘルメットをかぶり沢タビも履いてるひとでしたからそれなりに経験をつんだ人のようでしたけどね。 北東北の薮の主力であるネマガリタケは、関東あたりの薮とは別物とおもった方がいい。関東に多いクマザサは、このあたりでは「たんだの笹」と言います。ネマガリタケはクマザサの倍は太いし高さも倍以上あります。森の周辺部とか沢や崖に沿って密集していて奥へはいろうとすれば必ずこれを通過することになるのです。ネマガリタケはタケノコ(姫竹)も生える。熊がまたこのタケノコが大好物ときている。危険がいっぱいというわけです(笑)。だけどこうして原始の自然が人を遠ざけているんですね。 慎重に行動しましょう。 ひとつの初心![]() 米も麺も食い尽くしたので、きのうから草ばかり食っている。ウサギなみだな。コゴミ、山ウド、ミズ、、、、ほらこの倒木のむこうにもバッケがいっぱいある。この時期は1ヶ月彷徨しようと死にはしないさ。コーヒーと黒砂糖と塩と味噌と酒がまだある。でもあまり力入らないのでそろそろ下山するかと思い始めている。彷徨しにきたわけじゃない、そんなことはわかってるさ、何日も歩いて何にも撮れなくたって歩いてみなきゃわからないだろう、そんなことをぶつぶつ自分に言い聞かせながら、わかってるさわかってるさと、だんだんあせりを感じ始めているのは食いものが足りないせいじゃないのかと言い訳じみたことを考えているわけで、やっぱり変だな、下りるか。身体はもう谷を向いていた。やっぱり初心に帰る必要がある。レンズ持ちすぎだ。それを減らして食料を増やすべきなのだ。機材の量でいい写真が撮れるわけじゃないという初心。 山湖の風人間の野生のちから![]() Canon EOS1DsMKII /EF16-35mm F2.8L II 雲がすごい勢いで流れている。気圧の谷間に入ったのかもしれない。 こういう時に稜線などにテントを張っていると怖い。とにかくここ数年は天候の変動というのが激しくなっているようで油断できないものだ。カミナリにしろ強風にしろ豪雨にしろ激しくなる傾向がある。僕だってたいしたベテランではないが、ここ50年や100年の経験値を越えるような天候の変動が時々表面化しているわけだから、人間の経験値など大自然の前にはたいして役に立たない。理屈や経験値などに縛られることなく古代人のように心が震えるままに自然を怖れおののき退避した方が危機を回避する場合がある。野生動物はきっとそういうものにしたがって行動している。岩魚がまったく岩陰から出て来ないという時は、決まって夕方に大雨になって一気に川が増水したりする。野鳥などもさえずりがまったく聞こえて来ない時も天候が急激に悪化したりする。動物達は気圧とか気温とかの変動に人間よりも数倍するどいセンサーを備えているわけだ。人間も科学とかにたよる以前はきっと今よりもするどかったのだろう。 だけど、人間もまだそういう力があるのだと僕は時々思ったりする。単独で山に入って、一週間も経ってくると、まず音に敏感になる。ガサッという音、コソッという音にピクッと反応し始めている自分がわかる。例えば、この時期なら山中でテントを張っていて、シュラッという霜が融けて落ちる音まで聞こえたりする。嗅覚もそうだ。薮を漕いでいてケモノの臭いを察知したり、倒木をまたいだ時にキノコの臭いをかぎわけたりする。視覚もきっとするどくなっているのだろう。ただ僕は常に眼を使った行為に集中しているのでかえってそのちがいがわからないように思う。気温の変動は肌でわかる。気圧の変動というのもどこかでわかっているのかもしれない。何気ない不安な気持ちが広がってくる時というのはひょっとしてそういうことに関係していたりするのかもしれないね。 理論とか経験値だけではなくて、もっと人間の野生の力というものを信じようと思い、時々それに従った行動をとるようになったのはせいぜいここ3.4年のことだ。そういうことをいちいち説明するのはめんどうくさいし、できもしないし、そういう時は、山の神の声が聞こえた、と言ったりするのだ(笑)。 この写真を撮った後、僕は、暗いなかランプをつけて無理矢理テントを撤収して山麓の温泉まで下った。その夜から翌日まで雨が続いて、僕は朝からたったひとりで温泉につかっていた。ただ疲れて温泉に入りたかっただけなのかもしれないけどね(笑) ブナのトンネル![]() 山麓で新緑が始まっていても少し標高を上げればまだまだ冬枯れである。 ここのブナのトンネルももうじき鮮やかな緑の回廊に変わる。 それでも冬枯れのこの時期こそは、ブナの若木の林立する姿がもっとも鮮明になる。 ここは、ブナの二次林です。多くのカメラマンに撮り尽くされているのでここの風景こそ八甲田のブナ林の典型のように誤解されているが、ここは原生林ではない。明治から戦前にかけて伐採されやせ細ったものを保護・育成して60年ほど経ったところだ。60年でまだこれだけである。ちゃんとしたブナの森になるにはまた後60年ぐらいの年月が必要だろう。開発と伐採のツケは、100年にもおよぶということだ。 原生林とはどうちがうだろうか?誰でもでもはっきりとわかるのは、野鳥のさえずりの種類がまるでちがう。たとえばキツツキ類とかはほとんど聞こえない。若木が多いからですね。キツツキ類は多くの老木や大木を必要とする。それからエゾハルゼミとかもあまり聞こえませんね。野生動物なども全然少ない。リス、ウサギ、キツネとかは時々みかけますが、もっと野生の強い(=野生環境が必要な)動物、たとえば奥の原生林では見られるヤマネとかオコジョとかはここでは見たことがありません。キノコとかも全然少ない。ブナ林の中を歩いていてもケモノの気配とかまるでしないのです。森のにおいもちがうな。 若木の林立した姿もそれはそれできれいなんですけどね。やはり写真としては奥行きが足りないんです。人と同じか(笑)。 ただしドライブすればこんなに気持ちのいい道はない。 ![]() 再び星空オトメエンゴサク野鳥たちの楽園アカゲラの森![]() Canon EOS1Dsmk2 EF300mm F2.8L IS プラスEX1.4 ISO400 日中、暇を見つけてアカゲラを少し追いかけてみた。 「ダッダッダー」というきつつく音や「キョッキョッ」という鳴き声は南八甲田の山麓部では頻繁に見うけられる。 東京でも見かける「コゲラ」の倍くらい大きいかな。体長25cmぐらいあります。 クマゲラはさすがに見つけれなかった。 カラスくらいの黒い鳥で「ギャー」となきながら飛び去る鳥を見たけれど、蔦温泉の小笠原哲男さんに話をしたら「カケスじゃないかなあ?」と言っていた。カケスは鳴き声をまねるらしい。たしかにこのあたりはカケスも多い。(小笠原さんは、昭和27年から蔦温泉の売店を経営しながら、みずから写真も撮るし一貫して自然保護にも尽力してきた人です。僕の父の代から二世代にわたってお世話になってます。) ***クマゲラは、北海道以外の本州では、白神と森吉山でわずかに営巣が確認されていますが、南八甲田でも、僕の知人の久末正明氏(地元でガイドをやりライターでもあり自然保護団体の代表もつとめている)の話だと15年ほど前に繁殖が正式に確認されたようですがそれ以来は見かけないようですね。小笠原さんにも聞いたら、「50年前からここにいるけれど私は見た事ないなあ」と言ってました。小笠原さんらは数人の有志でクマゲラ探索隊を出したこともあるらしい。それでも発見できなかったそうで、それだけのものだから、僕がちょっと行ったぐらいじゃ無理だよね。それでも「ギャー」というおそろしげな鳴き声と黒い個体はクマゲラだったかもしれないよ^^;カケスは黒くないしね。写真を撮らなきゃいくら言い張ってもしょうがないし、ま、これも宿題ということで楽しみにとっておきましょう^^;) ![]() この写真、現像してはじめてアカゲラが2羽いることに気づいた。上の方に写っていました。びっくり。つがいなんですね、きっと。 ![]() アカゲラのあけた穴。 ところで、コゲラだけでなくアカゲラも東京などの市街地でも見かけるようになりました。これはヨーロッパでも20年くらいまえからそういう傾向があるそうです。これはけっしてよろこばしいことではなくて、山の原生林が減って、立ち枯れの木が多い市街地に移動してきたということを示しているわけであって環境悪化の影響だと思われます。キタタキとかミユビゲラといったキツツキ類はすでに絶滅しているわけで、決して環境はよくなっていないのです。 山ウド山の恵み![]() 山菜の時期なので、野菜類には困らない。フキノトウでバッケ味噌を作りだめしておくと野営生活でいろいろと役にたつ。コンビーフとバッケ味噌を炒めて肉味噌を作ってみた。これがなかなかの傑作。 ![]() 山ウドが群生していた。まだ少し早かったので大きいのだけ10本くらい採って食べたけれど、写真に写っているだけで100本以上はある。明日また大きくなるのでまた10本食ってもいいわけだ。皮をナイフでむいて生で酢みそで食べるのが一番だ。栽培ものとちがって生でも茹でたように柔かく香りも強く絶品だ。葉っぱや茎も炒めれば美味しい。 ![]() コゴミは少し歩けばどこにでもある。ゼンマイなどとちがってアク抜きの必要がないので食べやすい。くせがないので何にでも合う。スパゲッティにそえたり、ラーメンに入れたりして食べた。ワラビとまちがえないように。ワラビは灰汁抜きとかしないととても食べられない。 ![]() スパゲッティは、携行食としては非常に便利で僕は米といっしょに必ず持っていくようにしている。ミニサイズのものが携行しやすいし、調理も速い。 ![]() 単独用のテント。キャンプ後半は、ベースキャンプの大きいテントを撤収してこのソロテントで移動しながら山行を重ねた。ここは小川のすぐそばですこぶる立地条件がよかったが、新緑がドンドン上がっていくので1カ所にとどまるわけにはいかなかったのだ。 この時期のキャンプは極楽だよね。山菜あり岩魚あり水の苦労もなし。天候も比較的安定している。レジャーに限定すればね。写真はむずかしい。1本調子の天候は写真にはあまりよくないのよね。のんびりと毎日岩魚釣りやらとしているようじゃ仕事は上がったりなんだ。 |