写真家の山暮らし

Photos of Japan north country and the Photographer’s Journal 南八甲田の麓、奥入瀬川のほとりの山のスタジオからNature Photoを添えて日誌を綴っています。2012.3.11に恵比寿のスタジオをこちらへ移転しました。

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記憶にない疲労困憊

夕暮れ

(EOS5D /EF17-40mmF4L タイマーリモートコントローラーTC-80N3使用。この川は、U川です。文中と関係ありません。)

駆けるようにいくつもの滝を下り、沢を走った。 それでも事故を避けるために注意を怠らずに、のつもりだったけど、足を滑らして淵に落ちて必死に泳いだところもあった。もうすでにカメラも三脚もザックにパッキングしてあったので、落ちたのも半分覚悟の上だったのだと思う。落ちた方が速いとも思っていたかもしれない。でも誤算はあった。服とザイルが濡れて随分重くなったのだ。タバコも濡らしてしまった。どんどん歩いた。筋力はあまりなくなっていたので、すり足で小股でスタスタと岩から岩へ渡り歩いた。こたえたのは足腰よりもむしろ肩にかかるザックの重さだった。しまいには30分ともたなくなった。休憩を頻繁にとった。休憩から立ち上がりザックを背負う度に肩に激痛がはしる。1分もしないうちにザックの重さで肩と背中が悲鳴を上げていた。三脚を捨てようかとすら思った。夕暮れがどんどん迫ってくる。夜7時を過ぎて、ついにヘッドライトをつけざるを得なくなった。8時に休憩をとった時は完全に真っ暗になっていた。もう疲労困憊でどうにもならない状態だったけれど、とにかく下るしかないという答えしかないから迷いはしなかったけれど。

 最後の黒砂糖も食い尽くしてもう何もない。
 それで、いかれたことに僕は薬品のビンに詰めてきたウイスキーを飲んだ。とにかくカロリー切れだからウイスキーでもいいさと思ったのだ。そのかわりもう座ったら寝てしまう。立って歩き続けるしかないという理性はあったはずだ。 

 そしたらどうだろう、ほんとにエネルギーを取り戻したのだ。まったくあきれたことにハイになって唄をうたいはじめて歩き出したのだ。サイコーだなと気分よくなった。でもそれはほんの数十分だけのつかのまの幸せだった。また地獄のように足取りが重くなった。肩から頭にかけて鈍痛まではしるようになった。それでも僕には見えていた。あの景色は記憶がある。あそこをおりればもうテントが見えると。そういう勘違いを3回ほどやった。

 そしてついに4度目にほんとうに見えたのだ。ヤレヤレヤレヤレ、ほんとに長かった。夜の9時だった。朝5時から16時間!ほとんど歩きづめだ。こんなに疲れたのはちょっと記憶にないなあ。

 濡れたまま眠るわけにはいかないので、フラフラになりながら着替えをして泥のように寝入りました。
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2007.08.31[Fri] Post 18:23  コメント:0  TB:0  八甲田山歩きの旅  Top▲

野生の力を取り戻そう

-閑話休題-
世界陸上で日本勢が勝てませんねえ。
今日の新聞に陸連の関係者の談話が載ってました。
「、、、スポーツ食品にばかりたよるのは考え直さないといけない、、、」と。
それを読んで、やっぱりそんなことがあったのかと思いました。

僕はついこの前、山でスポーツドリンクなんか飲んでたらダメで天然の湧き水の方がずっといい、と書きました。それが野生の力なんですよ。スポーツドリンクは何かが足りない。なにかしら今、サプリメントばやりですけど、こういうのは効用はあるとしても、何かが足りないし、自然のバランスをくずすし、人間のそもそも持っている能力をなくしてしまうと思う。例えば、これも僕が前に書いたけど、ウコンとか二日酔いにいいと言ってしょっちゅう飲んでる人がいるけど、こういうのは、一時的に効くのかもしれないけど、しょっちゅう飲んでいたら人間がそもそも持っている解毒能力をなくしてしまう。それに、二日酔いというのはそもそもの人間の身体が不調に陥っている事への警告なわけで、そういう時はおとなしく回復するまで身体を休めた方がいいわけです。

科学も必要だけどもっと野生の力を取り戻すことが必要だと思う。

女子の400Hでオーストラリアの選手が、産後10か月で勝ったんですけど、これもある意味で野生の力ですね。「科学的な」理屈で言えば産後すぐに競技をするなんて身体によくないと言われるわけです。でも自然界ではほんとはそうじゃないんですよね。野生動物は子供を生むとそのとたんに危険にさらされるわけです。弱い子供をねらった敵に身構えなければならないわけです。だから産後の母親はけっして弱くはない。クマなどは産後がもっとも強いわけです。人間も野生の力があれば強いはずです。

それから、長距離でアフリカの選手の強さが際立っていますが、これも野生の力の典型でしょう。遺伝子だけではなくて、自然の野山を駆けるトレーニング(クロスカントリー)がバネを強くしている。トラックやロードばかり走っていたら強くはなれない。土の上を走るのがいいんです。

格闘技の優秀な選手というのは、バーベルのトレーニングじゃあダメで、自然の岩を持ち上げるトレーニングをすると聞いたことがあります。これもそうですね。

科学を否定するつもりはない。科学も必要です。それは人間の財産ですから。でもそれに頼り切って人間本来の力をなくすようなことのないようにしたいものです。僕の山行は、野生の力を取り戻す旅でもあるかな?^^;「科学的な」理屈をグジャグジャ言うまえにもっと人間の身体的・精神的な力を信じたい。

*世界陸上で、一番すごいなと思った選手 女子10000mのディババ(エチオピア)
ここのサイトで動画が見られます。
http://www.tbs.co.jp/seriku/result/atw1001_010.html
2007.08.31[Fri] Post 10:45  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

きらめくようなナメの楽園

ナメ

ナメ

ナメ

ナメ

ナメ


座る


まるで赤い絨毯のような美しいナメ滝ナメ床が続いた。まるで楽園のようだ。池塘のことを別称「神の田」というが、この峡谷は、これもまた「神苑」にちがいないと思った。この先にP沼にいたる支沢があった。もう源頭はすぐそこのはずだ。それをたしかめて僕はカメラもザックも脇において源流にそのまま座り込んだ。冷たい水がズボンもパンツもずぶ濡れにして身体の細胞のなかまで入り込んでくるような心地よさだった。ついでにシャツも脱いで洗ってしぼって着直した。脱ぐ時に肩に激痛が走って痛めていたことに気がついてしまった。それでも充実感に満たされていた。山の神に何度も感謝したい気持ちだった。あのクマは神様の使いだったか^^;
どう見積もってもベースキャンプにもどる時間切れに近い。僕は引き返すことにした。走るように下らなければ日が暮れてしまう。

2007.08.30[Thu] Post 13:47  コメント:0  TB:0  源流  Top▲

スノーブリッヂ

スノーブリッヂ

スノーブリッヂ

スノーブリッヂ


このあたりの標高は1000m前後ですから、雪渓が残っていても不思議はないが、惜しい。一週間早ければきれいなブリッヂがかかっていただろうに。
2007.08.29[Wed] Post 17:08  コメント:0  TB:0  源流  Top▲

スノーブリッヂと赤いナメ滝

滝

滝

滝

最後と思われた滝を越えた。黒曜石のような漆黒の岩に囲まれた4mの滝を登るとその上はえんえんと続くナメ滝だった。
眼をみはるような鮮やかな赤い一枚岩の上を透き通るような清水が滑るように流れてくる。
雪が残っていた。川をまたいでいたスノーブリッヂが落ちた跡だ。
スノーブリッヂ

2007.08.28[Tue] Post 12:08  コメント:0  TB:0    Top▲

峡谷の核心(コア)のような大岩壁

その圧倒する存在感にうなるばかりだった。
いったいなんだろうこれは?何かが封じ込められているかのようだ。
揺らいで押し寄せるような、見ているだけで不安をおぼえるような力を感じた。
ちょっとこんなのはいままで見たことがない。ただの岩なのに、なぜこんなに感動するのだろう。
岩壁

岩壁

岩壁


ほんとにすごいと思った。きっとこれを見たいがためにここへ来たのかなあと思った。
もうこれでいい。引き返そうとすら思った。
だけど、どういうわけか、いやもうちょっと行ってみようと思いまた歩き始めたんです。その何かひっかかるようなもの-それがさらに上流にあったんですね。この時すでに12時を回っていたわけだから、朝出て6時間以上歩いていたことなる。そろそろ切り上げないとベースキャンプにもどるまえに夜になってしまう時間帯だ。暗闇に沢を下るようなことは避けたい。時間を気にしながら登り続けた。
2007.08.27[Mon] Post 11:23  コメント:0  TB:0  峡谷  Top▲

険しくなる峡谷

峡谷

峡谷

峡谷


だんだんと赤みを帯びた岩石がふえてきた。玄武岩と思われる漆黒の岩にはどうも磁鉄が含まれているようで近づくとコンパスが狂い出す。本流をはずれてはいないと思うので迷うほどではなかったが、ひょっとしてどこかで本流と支流をまちがえていたとしたらという一抹の不安は残った。
 これが白竜峡だろうか?しばらく進んで、そういう不安がまったくの杞憂であると確信させるものに出会った。この滝を越えて、それは予想外のところに突然姿を現した。この峡谷の核心(コア)!
2007.08.24[Fri] Post 17:07  コメント:0  TB:0  峡谷  Top▲

60万年の悠久の大岩壁

柱状節理

柱状摂理

柱状摂理

この峡谷は、柱状節理や板状節理の岩壁がえんえんと続いている。

 節理とは、火山の溶岩流が冷却してできたもの。北八甲田は40万年前に火山活動をはじめて15万年前に活動を休止していて、南八甲田はさらにその20万年前にはすでに活動を終えていたらしいです。とするとこの節理群は、60万年前にできたものなんですね。気が遠くなるような時間を経ているわけです。南八甲田に貴重な植物群が多いのは、北八甲田よりも20万年も古い植物形成過程があったからとも言われています。

 このあたりを過ぎるころから峡谷は、両岸の断崖はいよいよ高くなり一段と険悪な様相を呈してきた。柱状摂理

2007.08.23[Thu] Post 12:32  コメント:2  TB:0    Top▲

ギンリョウソウ

ギンリョウソウ


 ユウレイタケとも言う。
落ち葉が多い林床に生えている。八甲田ではそれほどめずらしいものでもないが、これほど透き通るぐらいにきれいな白い個体はめずらしいかもしれない。これも幽閉された深山のなせるワザなのだろう。
2007.08.22[Wed] Post 13:02  コメント:0  TB:0  花の写真  Top▲

プールのような淵とゴルジュ

ゴルジュ

EOS5D /EF17-40mmF4L RAW現像/Lightroom
2007.08.21[Tue] Post 12:04  コメント:2  TB:0  ゴルジュ  Top▲

ノド、暗門、ゴルジュ

ゴルジュ

ゴルジュはノドのようにせばまった峡谷のことを称するラテン語から発した言葉だが、日本では、廊下とか暗門とか「通らず」とか言ったりする。増水時には逃げ場がなくなるので、現地で晴れていても上流で雨が降っていたりするような天候不安定な時は一気に増水するので危険なところだ。ここのゴルジュは、廊下がえんえんと続く回廊のようなC沢のゴルジュほどの怖さはない。それでも見事な造形に見とれてしまう。
2007.08.20[Mon] Post 12:24  コメント:0  TB:0  ゴルジュ  Top▲

ゴルジュの中で休息

ゴルジュ


 小ゴルジュの中の岩に腰をおろして休息。
ミストのようなわずかな水のしぶきを浴びながら一服する。水が跳ねて躍動するのをずっと見ているだけなのに飽きないですね。光の強弱に揺れて交錯してきらめいてほんとにきれいだなあと思う。
2007.08.19[Sun] Post 13:40  コメント:0  TB:0  ゴルジュ  Top▲

淵


川の中で、淵とは瀬の対局のところ。流れが穏やかになりやや深くなっているところのこと。瀬や滝を抜けてこういうところへ来ると自然と穏やかな気持ちになれる。釣り人ならばすぐに眼を凝らして岩魚を探すところでもある。晴れた日の夏の淵は実に清々しい。
2007.08.18[Sat] Post 16:52  コメント:0  TB:0  源流  Top▲

心も踊る連爆帯

黒い岩や赤い岩がめだつようになってきた。白い岩はむしろ少ないのになぜ桂月は白竜峡と名付けたのだろう?
柱状摂理の岩壁も多い。こういう摂理状の壁は、へづって渡る時に掴みやすくていいのだけれど、もろいのが難点。すぐはがれ落ちてしまうので危険も併せ持つ。実際何回か崩れ落ちた。もっともこの程度なら落ちてもたいしたことはないので迷いもなくすいすいと渡っていく。
 小さな滝も連続して現われる。ほとんど直登できるくらいのものばかりで、どこを渡るのか-ルートファインディングを詰め将棋のように楽しみながらゆく。実にたのしい。カメラも三脚もなければ、それに同行の友人でもいれば滝壺にザブザブ飛び込んで渡っただろうと思いながら、ひとりにやにやとほくそえんでご機嫌な遡行を続けた。

滝

070723-1402.jpg

滝

2007.08.17[Fri] Post 18:53  コメント:0  TB:0    Top▲

美しいナメ滝の連続

断崖でぶら下がって痛めた肩のせいで、マウス操作がつらいです。左手マウスをやってますが、パソコン覚えたての頃のようです。矢印がおもうところにいかない。でもいいところもあるんですよ。右手があいているのでキーボード打ったりペン持ったりできるんです。

 というわけでぼちぼち写真アップしていきます。

クマと断崖の障壁を乗り越えた先は、楽園のようでした。美しいナメ床ナメ滝と小ゴルジュの連続で、川の真ん中を悠々と歩いてなんとも気持ちのいい遡行を続けました。
ナメ滝1

ナメ滝2

ナメ滝3


ナメ滝4


EOS5D /EF17-40mmF4L
2007.08.16[Thu] Post 14:28  コメント:0  TB:0    Top▲

山の恵みをいただくということ

山で快適な体調を維持するには、その山の恵みものをいただくというのが大事なことなんです。そこの水を飲み山菜を食い岩魚をいただく。ポカリスウェットを飲みカロリーメイトをかじってるんじゃあ何日も連泊すれば身体のバランスがくずれてくる。こういう人工のものってなにかが足りないんだ。湧き水のミネラルの方が優れてる。自然の中で連鎖している生き物というのはそういうものだと思う。
 だからして僕はできるだけ山でとれるものはそれをいただくことにしている。しかも、それはみんな旨いんだなあ。そう、身体的栄養だけじゃなく心が豊かになれる。うん、これが一番大事なことなのかもしれないなあ。
野いちご


ミズ
(ミズ)

ミズ
(ミズは茹でるときれいなみどり色になる)

タケノコ
(タケノコは少し時期が遅かったけれど、標高1000m以上ではまだ残っていた。タケノコが好物のクマも高山まで登ってきていたようだ)

タケノコ



岩魚の塩焼き



キャンプ

一人、源流の河原で火を焚いて酒に酔う。入山して20日目、10秒のセルフタイマーにうっかりウトウトしまった。

2007.08.13[Mon] Post 17:33  コメント:0  TB:0  キャンプ  Top▲

P川の岩魚

岩魚

休憩した時にかじったのがこの岩魚の一夜干し。
岩魚2

昨日のキャンプで即席に焚き火で焼き干したもの。去年の夏はさくらのチップを持っていって本格的に薫製を作ったが、今回はそんな余裕がないので焚き火で焼いてそのまま残り火で朝まで風乾したものだ。まあ片手間のものとしては悪くはない。パンをかじりコーヒーを飲んで朝食を済ました。
岩魚3


この川は、魚影が濃いというわけでは決してない。釣り場までアプローチに苦労するというわりにはたいしたことはないというのが実感だろう。むしろこの川は薄い。なぜだろう?酸性が強いのではないか?川の源頭部にあるP沼は強酸性で魚はいないし、近くのB沼もそうだ。硫黄の温泉が吹き出している沢もある。そういう酸性水が各所でこの川に入り込んでいるだと思う。例えば、このP川の大滝の上流では、岩魚がつれる区域とまったくダメな区域があるようだ。遡行していってもまったく岩魚が走らない(見かけない)流域が存在する。

 それと、何度も僕が指摘したように八甲田全般に言えることは岩魚釣りは難しい。やませ(冷たい偏東風)も問題だ。火山帯で部分的に酸性が強いのもある。やませもない、火山でもない白神の赤石川とか秋田の和賀とかの方がずっと濃いと思う。
 そう言えば前述した根深氏はこの川でスコンクをくらったようだ。開高健もグダリ沼で降参したし、井伏鱒二もダメだったらしい。ここの気候や地理に熟知していないとむずかしいということだね。
岩魚4


例年より小ぶりかな?冷夏が影響しているのかも。腹部の橙色が濃いが、それが幽閉された深山の渓谷の岩魚の特徴である。
30分ほどで3匹釣ってそれで打ち上げ。ひとりのバゲメシ(*南部弁=晩飯)にそれで十分。
2007.08.10[Fri] Post 14:01  コメント:0  TB:0  岩魚ほか  Top▲

ブナの森は水がうまい

湧き水1


 崖から半滑落?したので小休止。

湧き水2

湧き水3

ブナの森から湧き出る水のうまさはいつでも格別だ。湧き水は、山の恵みの最上のものである。
そのまま飲んだら極上のミネラルウォーター、バーボンとかスコッチの水割りもぴったりくるし、コーヒーも別格の旨さ。
ドリップは、ゴミが出ないように今回からこれを使っている。洗えば何回も使える。
山はいつでも相補的である。厳しさとやさしさがいつでもセットである。
ドリップコーヒー

2007.08.09[Thu] Post 17:30  コメント:0  TB:0  湧き水  Top▲

五葉松の断崖

五葉松の断崖

 この断崖は、何度見ても威風堂々として素晴らしい。不思議にこのあたりではほとんど見ないのに断崖のてっぺんにだけ五葉松(姫小松)が生えている。これを乗り越えた先に神苑(桂月いわく)がある。
2007.08.06[Mon] Post 20:14  コメント:0  TB:0  八甲田山歩きの旅  Top▲

白竜峡への道

この峡谷が、「白竜峡」と呼ばれるものであると知ったのは最近のことだ。
少なくともこの峡谷遡行を計画した去年の夏にはまったく知らなかった。
知ったのは、地元青森の新聞紙上において大町桂月という十和田・八甲田に深く関わった明治の文人の特集が連載されているということを先月十和田に立ち寄った時、友人に聞いてからだ。
 知らなかったことは恥ずべきことかもしれない。大町桂月自体は知っていたが、十和田湖と奥入瀬をはじめて世に紹介した紀行作家ぐらいとしか思っていなかったので、その無知ぶりは少し情けないが、その後、僕なりにそれらの文献を読みあさってみたので少し紹介しよう。

 大町桂月の紀行文は、大正11年の「太陽」誌に発表されている。桂月は、単なる文筆家というよりもかなりの健脚をほこる冒険家でもあったようで、北海道大雪山系の層雲峡も彼の命名らしい。桂月岳という彼の名前にちなんだ山すらある。蔦温泉にある彼の墓には“鉄脚居士”と戒名がある。
 白竜峡も彼の命名のようだ。
 それによると、桂月は、地元のガイド2人、人足2人をひきつれて遠征隊を組んだ。ガイドは、「山の神」太田吉司と「十和田の主」小笠原松次郎のふたりで、このふたりとも十和田では山を知り尽くした伝説的な人物だったようだ。特に太田氏は自他ともに「山の神様」称されるような人物だったようで、鉱山の発見のために南八甲田をくまなく散策していて熟知しており、その中でも八甲田最高の秘境として桂月に白竜峡の探検を薦めたらしい。
 ガイドに人足付きというのはさしおいても、大正という時代にこの峡谷を踏破しようというのは、やはりすごいと言わざるを得ない。どうやらぼくのようにP川の下流から遡行したのではなくて某温泉から入ったらしい。当時は林道もないだろうから地理的にはその方が近いので当然かもしれない。
 ついでに最近知ったことだけれど(これも恥ずかしいかぎりだが)根深誠氏も1980年代にカメラマン氏を同行して遡行しつり紀行文を執筆している。この当時は林道が通行できたころで、N滝近くまで車で行ったようで、行程的には楽だと思うが、地方出版社の文献とはいえ知らなかったのは情けない。

 ついで言うと、桂月の文中に、白竜峡と双璧の秘境として「鬼門峡」という地名が出てくる。
この鬼門峡は、どうも、C沢のゴルジュのことのようだ。僕は仮称「暗門の回廊」(暗門とはゴルジュのこと)と勝手に命名したが、なるほど鬼門の方が言い得ているかもしれない。僕の仮称はいさぎよく撤収だ。

 うむうむ。おどろきました。半分落ち込みましたけど、残り半分は、僕が感動したことも立証されたようで複雑な気持ちです。ただし、単独行は太田氏と僕だけだろうと勝手に納得していますが^^;
 大町桂月の一節
「、、、上流は瀑布の連続にて、本流に十五六瀑あり。形似によりて、白竜峡と移す。左右の絶壁より直下する瀑布は、それよりも猶多く絶壁高きにつれて、銀河九天より落つるの観あること、到底奥入瀬川の諸瀑などの比すべきにあらず。、、、
、、、行程、六七里に過ぎざれども、全三日を費して、二回も野宿せざるべからず。斯ばかりに天下の至険也。三日の間、全く命掛け也。
 余は一昨年の夏、小笠原臥雲と共に、太田吉司氏に導かれ、二人の人夫を従へて、此勝を探れり。天地開闢以来、この勝を探りたるは、唯この五人のみ也。人夫は恐怖し、たとひ何十百円貰つても、白竜鬼門二峡の御伴は御免を被ると云へり。、、、」
(桂月全集 から)
2007.08.05[Sun] Post 16:58  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

23の滝を越えて

pu川の滝



テン場に荷物を置いて、カメラ、三脚、雨具、食料少しだけを持って、遡行を始めたのが早朝の5時。
クマに出会ったのが7時半。最初の高巻きを終えたのが、8時半ころだ。
 そこから(つまりこのP川の大滝を越えてからだけでも)、源頭部までに23の滝を数えた。高巻きが2回、つまり21の滝を直登したことになる。そしてその日のうちにテン場に戻っているから都合、一日で46の滝を越えたことになる。(と言っても90mの大滝上には4m以上の滝は1本もないし、正確な滝の数はわからない。ナメ床のようなものも滝に数えるべきかどうか迷うものが数多くあったから。それに、支流の出合いの滝はカウントしていない。)

(最近、環境保護等の都合により、実名を明記しないことがあります。でもよく読んでいればわかる人にはわかるようにアルファベット記入にも統一性を持たせるようにしました。僕なりの謎掛けです。単に登山とか釣りの情報を得たいとかだけではなくて、地形図を読めること、僕の本なりブログを通読している人であればわかるようになると思います。先日、このP川大滝に、インターネットから情報を得て、UU林道からショートカットする人に出合いました。ネット上にそういう情報が流れているのです。そしてその人は、その情報を元に入渓したら迷ってしまって別の沢に入って夜までさまよいえらい目にあったと怒っていました。僕はあきれましたね。正規の林道をちゃんと3時間歩けば大滝まではまちがいようがないのです。UU林道はだいたい営林署と東北電力のものであって一般車通行禁止のはずです。まあ慣例として一般車も通行できるようにはなっていますが、南八甲田にいちども来たことがない人がまともに通れるような道ではないし、ましてやネットの情報だけでコンパスも地形図もなしで沢に入渓するのは、一発で遭難ものです。無事に帰れただけで感謝した方がいいと思います。それを案内板もなにもないなどと怒るのは、おかどちがいと言うものです。
 いじわるのつもりはありません。ネット情報の怖さ、環境保護の意識の足りない人たちに安易に情報をもたらすことを懸念してのやむを得ない処置とわかってくれることを希望しています。)

 この滝、実は帰路で、転落したのだ。この滝は2段になっていてこの滝の上にさらに3mの滝があるが、その滝を直に降りている時、足を滑らして滝壺に転落した。(カメラは防水パッキングしていたので無事)滝壺の流芯に巻き込まれないように必死で泳いだ。それで淵について立ち上がったらすぐこの滝があった。帰路で、ていねいな下降に気を使うほどの気力をなくすほど疲れていたし、どうせついでだと思い、この滝も飛び込んだのだ。帰路は夕暮れもせまっていて駆け抜けるように降りた。帰路に滑落などの事故が多いというのはこういうことですね、苦笑^^;はじけましたね。最高の気持ちよさ!)

 
2007.08.02[Thu] Post 12:19  コメント:2  TB:0    Top▲

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