写真家の山暮らし

Photos of Japan north country and the Photographer’s Journal 南八甲田の麓、奥入瀬川のほとりの山のスタジオからNature Photoを添えて日誌を綴っています。2012.3.11に恵比寿のスタジオをこちらへ移転しました。

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EOS5DMark2で動画_滝下りその2

http://www.youtube.com/watch?v=1LPRpUBIgcY
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2009.06.30[Tue] Post 17:51  コメント:0  TB:0  八甲田山歩きの旅  Top▲

動画_滝下り_その1

http://www.youtube.com/watch?v=5pMEDaY-SRU&feature=player_embedded

左手に三脚、右手に5DMark2を持ち、南八甲田源流部の連瀑 帯を撮影。愛用一眼デジカメに動画機能がついているので、動画 撮影初挑戦というわけで、へたくそなのはごかんべんです。両手ふ さがっているので、滝くだりも危なげです。
 一眼デジカメで動画がこんなに簡単に撮れるとはおどろきですね。片手持ちが難しいというのが難点。動画撮影?僕は初心者です。
2009.06.30[Tue] Post 15:10  コメント:4  TB:0  八甲田山歩きの旅  Top▲

展覧会の準備

遠征の帰京予定が、一週間早まったのですが、
次期展覧会がほぼ決まって、その下準備に入る必要があったためです。
詳細は、来週にでも発表できると思います。

青森からの帰りは、三陸海岸沿いに45号線を下ってきました。
二戸ー九戸ー葛巻ー久慈ー宮古ー釜石ー気仙沼ー石巻ー仙台、、、。
リアス海岸沿いを走る素晴らしいコースでした。
かつて古代において、「大和の国」とは別の国であった「日高見の国」を縦断してきたというわけです。
(残念ながら宮城に入ると野性味が薄れて来てつまらなくなる。)

鵜の巣断崖
鵜の巣断崖 2009.6.22

鵜の巣断崖


2009.06.26[Fri] Post 17:58  コメント:2  TB:0    Top▲

幻の日本オオカミ?

キツネ

 南八甲田遠征を打ち上げて、戻りました。

 そろそろ打ち上げようと思っていた矢先にソイツは現れた。
KITUNE

何かを食べていた。
キツネ
ソイツは、僕に気づいて食べるのをやめた。
キツネ

ソイツは、逃げるでもなく、草陰に隠れて、僕の方を観察しているようだった。

キツネ
そっと近づこうとすると、ソイツは身を翻して走り去った。
キツネ
ああ、残念。

ところがだ。しばらくしてソイツはまた現れたのだ。僕のまわりをうろついては走り去るということを2.3度繰り返した。
Wikipediaによると、オオカミは「自らのテリトリーに入った人間の後ろをついて来る(監視する)習性」があるそうだが、まさに監視されているようでもあった。
キツネ

それでも、もっとも驚いたのは、冒頭の写真の姿を見た時だ。
首を少し突き出して遠くを見つめている姿を、少し離れた岩の上でとった。
何のためにコイツはこんな見せつけるようなポーズ(?)をとったのだろう?
このまま首を上に上げればまるでオオカミの遠吠えではないか。
このキツネには、そういう遺伝子が流れているのではないか。そういう夢を抱かせるようなワクワクするシーンであった。

何せ、日本オオカミは明治時代に絶滅したとされているのだから。人間に追いつめられたオオカミたちは、森深い北東北の奥地にわずかに生息していた、というのは熊谷達也ではないけれど、現代のロマンである。「もののけ姫」の世界も東北のブナ・ナラ帯の森の話だ。

神様に美しいものを見させてもらったようだ。毛並み、色つや、野生の肢体。冒頭の写真を見てください。悠然として、それでいて警戒心を怠らず。美しい。

遠征の記事は、整理しながら徐々にアップしていきます。



2009.06.25[Thu] Post 16:38  コメント:10  TB:0  野生動物  Top▲

僕の単独行は、

多くの友人たちに支えられている。

世知辛い世の中だけど、ちょっとおかしな人たちの話をしよう。

30年来の通いなれたバーで、彼はいつものようにバーボンの水割りを飲みながら何やらカウンター越しに話し込んでいた。

「あいつにも一冊の本を出さしてやろうじゃないか。おれらが金を出し合ってよぉ。どうだいマスター?」

べらんめぇ調のこの男は、はたで聞けばヤクザのようだが、れっきとした会社員である。取った、擦ったと、いつもは競馬の話ぐらいしかしない。見た目いいオッサンという風情だが、時折眼光鋭いものが見えるのは昔取った杵柄というやつだろう。かつて70年代学生運動の活動家だった。「東大安田講堂組」と言えばわかる人にはわかるド派手な「紋章」を背負っている。「べらんめぇ、やるときゃやるのよ」という口癖は、彼が背負った歴史から刻印されたものだろう。

「ああ、それがいい。出してやろう。」

ニコニコしながらマスターはあっさりと答えたのである。

無口でなるマスターも親しい友人達と話す時だけは、破顔を見せる。その温和で人なつこい表情からは想像もできないだろうが、彼もまた「あの時代」の前線に立った人間なのである。

僕が聞いたのはそのくだりだけだ。想像で書いた。

そうやって二人が音頭をとって他にも何人かの古い友人達にも声をかけて、貧乏でくすぶっている写真家の出版費用のほぼ全額を集めてくれたのである。2004年のことだ。

彼らには私利もメリットもない。ただ人のために動いたのである。けっして彼らは裕福なわけではない。、場末のマスターだ。ただの会社員たちだ。100冊買うと言って金を出し、2冊しか受け取らなかった友人がいた。50冊の友人もいた。青森から上京した高校の同窓生たちは、なけなしの金(失礼)で何十冊も買ったり売ったりしてくれた。大学の同窓のコピーライターも、「おれの営業に使うから」と無理筋の話をして30冊以上買ってくれたんじゃないだろうか?個展で出した写真パネルをひとりで何枚も買ってくれた友人もいた。と和田の友人は、キャンプに行く度に、食料と酒を大量に持って訪問してくれる。

僕の、心やさしき友人達のことである。

信じられない友人達だ。何を考えているんだ。自分の生活もキチキチだろうに!こんな友人たちに僕の遠征は支えられている。

恩返しはまだまだできない。まだまだずーっと待ってくれ。

この予約投稿の記事がブログにアップされている頃には僕は南八甲田の奥地を歩いている。
単独行で一ヶ月の予定です。だけど僕はひとりで旅をしているわけではない。僕はいつも友人たちと共に歩いている。



源流
2009.06.02[Tue] Post 10:00  コメント:7  TB:1  八甲田山歩きの旅  Top▲

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