写真家の山暮らし

Photos of Japan north country and the Photographer’s Journal 南八甲田の麓、奥入瀬川のほとりの山のスタジオからNature Photoを添えて日誌を綴っています。2012.3.11に恵比寿のスタジオをこちらへ移転しました。

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ガリ勉の予定

ガリ勉(ガリバースタジオ勉強会)の予定ですが、
12月16日(水)午後7時からを予定しています。(予定終了:9:30)。於:ガリバースタジオ_恵比寿
従来通りの開催です。参加自由です。メールにてお問い合わせ下さい。

今回の勉強会は、僕の都合でだいぶ休会してましたので、最近のデジタルと写真の動向について少しお話します。あと、参加者の質問事項にそってレクチャーしたり討論をまじえながら勉強しようとおもってます。それから今後の勉強会のあり方について提案しようと思ってます。質問事項あれば各自持ちよってください。

 またあすから3日間、外部スタジオに缶詰になりますので更新お休みします。参加の可否それまでにメールいただければ助かります。
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2009.11.28[Sat] Post 16:26  コメント:3  TB:0  日誌  Top▲

太陽が煙を吐いて沈む?!

夕焼け1


相変わらずまだまだ現像地獄にはまってますが、(ヤレヤレ)
撮影時には気がつかなかった不思議なものを現像時に発見することがあります。
これもそのひとつ。
南北八甲田連峰の真ん中に日が沈む時に撮影したのですが、
日が沈んだ直後の空に煙のようなものが見える。
いったいこれは何だろう?こういう気象現象があるのだろうか?だれか知っていたら教えてほしいのですが。

夕焼け2


上写真の拡大図。なんだこれ?ドロンと消えたとか、文字通り夕焼けで焦げたとか?(笑)。

夕焼け3


この日は、その直後に出た月も何か幻想的でしたね。
月夜

月夜


日付は、2008年の5月8日。そうこの頃は、2009年キヤノンカレンダーの仕事をようやく撮了して、自分への褒美に山をブラブラ気の向くまま彷徨しているころでしたからこの天体ショーは、山の神のご褒美ですね^^;
2009.11.27[Fri] Post 20:49  コメント:2  TB:0  夕焼け  Top▲

ちゃんと仕事してくれ

紅葉
艶やかな紅葉もたまにはいいもんです。
まだ青いトゲトゲの葉っぱがミズナラ、黄色になりはじめているのがブナ、赤はカエデです。
この写真は色数が多いので同じサイズのJpeg圧縮でもレベル12では容量(500K)オーバーでした。レベル11に圧縮です。色数が減ってるということです。(どっちにしてもWeb仕様のsRGBカラースペースでは紅葉はいまいち出ないです)

 今年になってカレンダーコンペ3連敗。とほっ。
しかしあの営業マン、やる気あるんだろうか?3年前の写真集のコピーをはりつけてプレゼンなんて!ありえないなあ。そんなのはだめだときっぱりことわるべきでした。「決まったら写真差し替え可と但し書きつけておきますから」というから、よっぽど根拠ありのコンペかなと思ってしまったオレがバカでした。
どうもチョーシ悪い。ヤク払いが必要だなあ。さけ~^^;
2009.11.25[Wed] Post 09:44  コメント:5  TB:0  紅葉/秋  Top▲

褐色の川、空っぽの肉体

紅葉
2009.10.21  EOS5D Mark II 南八甲田

ブナ帯でも川沿いというのは、むしろブナは少なくトチ、サワグルミ、ミズナラ、カエデなど多いので森の中よりも紅葉が艶やかなのだが、ここは少し様相が違う。なぜかブナが多い。だから一面褐色である。風もそよがない。水量も一年で最も少なく川も静かなに流れる。産卵期の巨体の岩魚が悠々と泳ぎ、近づくとサッと岩陰へ走る。ひとりでひたすら何時間も川を遡行してくると、日常の雑事とか都会で張り付いて来た思念とかがはぎ落とされて肉体だけがあらわになっていくような不思議な感覚を覚える。座りやすい岩を見つけて腰をおろし、タバコに火をつける。ああ、この一瞬がたまらない。何も求めない、何も達成しない、空っぽの肉体、空っぽの境地。肉体だけが心地よい疲労感を覚えている。
 心を鎮めてくれる川でした。ここにカエデやナナカマドの真っ赤な紅葉が混じっていたなら違っただろうね。
2009.11.24[Tue] Post 10:59  コメント:5  TB:0  紅葉/秋  Top▲

いいかげんな性格

日本語は難しい。というか言語表現は難しい。

山には神様なんかいない。

と前に書いたけれど、これなんかちゃんと説明しないと波紋はあちこちに広がる。
もちろん説明不足の僕が悪いわけだが、説明していないわけではない。僕はあちこちで書いているわけで通読してくれればわかると思うが、毎回毎回説明するという丁寧さに欠けているのも確かではある。それでも弁解するが、毎回毎回説明的記述を繰り返したら、通読してくれている人にはただくどくなるだけだろうと思うからそれはやらない。

 僕の文章に疑問があるのなら、その文章だけをとらえて僕にものを言ってくるのではなく、一連の記述を読み通してからにしてほしい。ブログの過去記述をたどってゆくのはたしかにめんどうだと思うので、そのうち時間ができたらブログアーカイブを読みやすいようにまとうめようと思ってます。
瀑上

例えばこの写真。
山の神の采配としか思えない日差しが突然に現れる。滝の真上に立っていた僕は、待て待て、慌ててファインダーを覗き直すのだ。その間、わずか2秒かそこら。もう2度と現れない。わずか2カットだけの一瞬。

滝

滝の上で腰を落ち着けてずーっと待っていたけれど、二度と日差しは差さなかった。
こういうのは、神様が一瞬のチャンスをくれたとしか言いようがないだろう。

写真家あるいは山行者としての心がけの問題、それから大自然は敬うべきものであるという思想的立脚点からして時々「山の神様」という言葉を使うけれど、何か超越的な存在として「神」があるとは僕は思わない。

 僕の文章には”である”調と、”です、ます”調が混じってます。日本語は難しいね。
ある人から指摘されましたが、僕はそれでいいと思ってそういうふうに使ってます。
なぜ?
ひとつの論理を展開する時に、です、ます調にすると長ったらしくなるのがいやなんですね。
かたや、である調で通すとなんだか”上から目線”のようにきこえるんですね。だから随時混ぜてます。

 型通りにやるとかきちんとルールを守るとかどうも苦手なんです。

 それに関連してちょっと裏話。
 キヤノンカレンダーのタイトル「原生の鼓動」ですが、僕は当初「蒼惶する原生」というのを考えてました。
ところが何人かの人から「蒼惶たる」の方が日本語的に正しいのでは、と指摘されたのでやめました。僕もそれはわかっていたのですが、
「蒼惶たる」ではイメージに合わないからです。「蒼惶する」の方が僕のイメージ。「たる」というのはえらそうなんですよ。ちょっとちがうんだなあ。自然の四季の蒼惶さというのは。でも大手企業の仕事なわけだから、「ミス」というふうに後で指摘されたら僕だけが引き受けるわけにはいかないわけで、、、。

 文章的に正しいかどうかというのは僕にはたいした問題じゃないです。言葉や文章の流れとかリズム感とかそっちの方が大事。

 あっ、写真でもそうです。技術的にアラが出てるとかレンズ収差がいっぱい出てるとかブレてるとかたいした問題じゃないです。核心として訴えるものを出すことがなにより。(もちろん技術的にパーフェクトを追求する場合もある。)
2009.11.20[Fri] Post 10:09  コメント:1  TB:0  日誌  Top▲

映画監督ヤンヨンヒ(梁英姫)のパーティ

きのうは、飲みダチの映画監督ヤンヨンヒ(梁英姫)の本出版記念会に市ヶ谷アルカディアへ。
トークセッションがあって、梁英姫(映画監督)・石川好(作家)・佐高信(評 論家)・目加田説子(中央大学教授)、鈴木宗男がしゃべっていた。ヨンヒのお父さん(映画「ディアピョンヤン」の”主人公”のあの人です)が先週亡くなったこともあって、彼女が壇上で目を赤くしてつまるシーンがあった。そしたら鈴木宗男がもらい泣きして、アレアレ。ヨンヒはまたひとりオヤジをとりこにしたようだ(笑)。
 まあ、元気そうでなによりでした。ベルリン映画祭の招待も決定したらしい。おめでと、ヨンちゃん(もうこんな呼び方すると怒られるかな?大監督にーー;)

福島みずほも来てました。とりあえず握手しました。とりあえず今は社民党だけが防波堤みたいだしね。えらぶったところがなくきさくな人でした。目加田説子さんも噂にたがわず、お姉さんよりもカワユイかも^^;こんなこと言うとまた怒られる。ちゃんと本も紹介しておかないと^^;
『行動する市民が世界を変えた――クラスター爆弾禁止運動とグローバルNG Oパワー』(毎日新聞社)

ヤンヨンヒ『北朝鮮で兄は死んだ』(七つ森書館)

佐高信『増補版 日本の権力人脈』(七つ森書館)

きのうの会は、この三つの合同開催だったのです。

僕はパーティでワイン赤、白、ビール、水割り、その後2軒はしごして、『余市』、『宮城峡』、日本酒、ビール、ずらずらガブガブで、けさは頭がガンガン。
 昼前にスタジオに来てまた現像地獄です。これがなかなか進まない。もう一ヶ月はかかりっきりなんだけど、3万カットのうちの半分しか終わっていない。なぜそんなにかかっているのかというと、3つのRAW現像ソフトを使い分けながら進めているからです。

5Dや1Ds Mark IIまでならLightRoomだけで済んだけれど、1DMark IIIあたりからDPPのRAW現像とくに「忠実設定」が格段によくなったんですね。それで見直しをはかっているというわけです。ところがDPPじゃよくないというシーンもあるから始末に困るわけです。

それともう一つ。プリンターが今僕のところに、PIXUS Pro9500と9000Mark IIのふたつがある。基本は顔料系インクの9500だけど、9000Mark IIの方が圧倒的にいい場合がある。にじみが少なくてキレがよくて解像感が高いというのは9000Mark IIの方です。そうすると僕の場合は、プリント出力してそこで検証してはじめて現像作業が完結する。そういうことをやっているからえらい時間がかかっているのです。ヤレヤレ、まだまだかかりそうだ。
2009.11.18[Wed] Post 13:07  コメント:1  TB:0  日誌  Top▲

作品の販売について

僕の作品の販売について問い合わせが何度かありましたのでこちらでもお知らせしておきます。
作品販売の詳細ページを更新いたしました。
こちらをご覧ください。http://iwakino.com/pages/shop.html

とりわけ、十和田市現代美術館で展示したパネルについては在庫品限定で頒布しています。頒布コーナーにおいてSoldOutをスタンプされたものは在庫品売り切れです。その場合は、パネルの新規製作となり定価販売となりますし、全サイズ5枚限定で制作打ち切りですのでお早めにお申し込みください。(5枚×5種サイズ計25枚限定製作)

 僕の作品は、十和田市内において次のところに展示してあります。
1, 十和田市庁舎総合受付の壁面 、、、「氷瀑」
1, 大学通りスペインレストラン「エスパーニャ」、、、『暗門の回廊」、「霞むブナの森」
1、四号線沿い5丁目、ライブハウス「ハミングバード」、、、 「煌めく源流」
1, 四号線沿い4丁目「松本茶舗」、、、「断崖に宿るもの」

 図録とポストカードは、現代美術館内ミュージアムショップにて販売しております。
2009.11.16[Mon] Post 16:32  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

写真展ギャラリートーク

十和田市現代美術館での写真展初日のギャラリートークのムービーをアップしました。
http://gallery.me.com/iwakino#100026

トークは2回おこなったのですが、これは1回目の方です。初日は平日ということもあり少なかったです。2回目日曜日の開催では100人近くも集まっていただけました。南部ナマリまるだしでしゃべってます^^;けっしてブログには書かない撮影秘話(笑)ほか。音声が悪いのは、撮影者のせいではなく僕のマイクの使い方と会場の設計のせいです。美術館だから音響は考えられていないようです。

ギャラリートーク

ギャラリートーク

2009.11.13[Fri] Post 15:59  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

天上の楽園

 赤倉岳の東斜面には八甲田でも最大級の断崖がある。ここを下る人はおそらく誰もいないと思うが、僕もさすがにあきらめた。ロープでぶらさがったまま腕力がつきたらどうにもならなくなるだろうから。高校生の時のように一万mを二時間かけて平気で泳ぎきったような体力があるころであったらと思うが。かなわない通りすぎた夢か。いや、落ちた体力を自覚しているからのらりくらりと生き延びられるのだと言い聞かせながら薮の中を迂回する。
 断崖を迂回してもこのルートは気が抜けない。火山活動のせいであろう巨岩がごろごろしている。どうしても撮りたいものがあるから、むりやり斜行して断崖の下へ出た。
akakura

akakura

予想よりもずっと下らなければならなかった。薮が深くてそれが見えないのだ。完全に冬枯れしていないのも邪魔している。見えないかもしれないとあきらめかけていたころにそれは見えてきた。

akakura

見える!わずかに見える。ああ、すごい。天上の楽園のようだ。

山上湖

山上湖


2009.11.12[Thu] Post 14:53  コメント:0  TB:0  湖沼  Top▲

EOS5D Mark IIは今までで一番いい

赤沼
2009.10.21 EOS5D Mark II 南八甲田 RAW現像 DPP 忠実設定

EOS5D Mark IIは、画素数が増えたわけだけれど、ダイナミックレンジはむしろ広がったような感じを受けます。DPPで現像した場合に特にそういう印象です。(LightRoom V.2ではそういう感じを受けない。キヤノンの新機種に対応しきれていないのではないか?)
 画素ピッチが小さくなったからといっても一概にはダイナミックレンジが狭くなるというわけではないということでしょう。ハードウエア上の新技術、あるいは現像ソフトの進歩というのもトータルで考慮しないと見方を間違えるということですね。

 DPPはたしかによくなったと思う。特にサムネールの読み込みの速さは他を圧倒している。現像時のダイナミックレンジも広い。でもLightRoomみたいにそれだけで現像作業が完結するわけではない。ゴミとりや角度補正したりするにはまだPhotoShopが必要になるし、編集作業も使い勝手が悪い。もっとがんばって改良してもらいたい。

 
2009.11.11[Wed] Post 14:57  コメント:3  TB:0  湖沼  Top▲

心をゆさぶるもの

巨木
2009.10.19 EOS5Dmark2

王様のような巨木のそばには必ずと言っていいほどそれを囲むように(守るように?)奇木群がある。学問的に調査すればおそらく地質的・天候的理由があるのだろうけれど、そういうことは、僕にはある種どうでもいい。ここには人の心を揺さぶるたしかなものがある。

奇木

2009.11.10[Tue] Post 15:54  コメント:0  TB:0  巨木・奇木・古木  Top▲

ブナの森の奥地を歩く

ブナ黄葉

ブナ黄葉

ブナ褐葉
2009.10.19 南八甲田 

 ブナ帯の中心部へ入って行くと、極相林化(純林とも言うが厳密にはもちろん純林はありえないのだが)、つまりほとんどブナだけの様相を呈して来る。そうなると紅葉ではなく黄葉であり褐色葉となる。これが同じ奥地でも川沿いだと極相林ではなく、ミズナラやサワグルミやカエデなどが混じって来て、色彩的にはそっちの方がバラエティに富んでいると言える。
 それぞれにおもしろい。
 むしろ、褐色に染まった森というのは、極相林帯まで踏み込まないとお目にかかれないので一般の人にはめずらしいのではないかな?

 薮をかきわけてでどんどん突き進んでゆく。高度も次第に上がって、黄金色から褐色に森全体が染まってゆく。森のにおいも変わって来る。森の気配というものも深まってゆく。気配というのは何だろう?人の気配がどんどん消えてゆくということなのか?人以外の気配がどんどん増えてゆくということなのか?きっとそういうことで、人の存在というものがどんどん小さくなると言うことなのだ。ここまで来て、ようやく人の傲慢さというものに素直に気づく。




2009.11.09[Mon] Post 10:32  コメント:0  TB:0  紅葉/秋  Top▲

辺見庸の嘆きにシンクロ

紅葉
2009.10.22 南八甲田

 静かな山から街に下りて来ると、際立ってその喧噪さにいらついてしまう。比較しなければいいのだろうけれど、僕はそれほど悟っているわけじゃない。
 何が一番気に入らないのか?物理的な音量とかではない。それは山の方が多いだろう。

 そうではなく、軽々しい饒舌さなのだ。

 中身はないのにただ饒舌で能弁でやかましい。音だけではない。イケメンも、美文も、絶口調のお笑いも、ただうっとうしい。最近とくにうっとうしいのは、反論の組み立てだけは絶対に負けないという人間だ。中身では負けていると解っているくせに折れない人。ようするに中身はどうでもいいのだ。論争に負けさえしなければいいと思っている。これもアメリカンだなあ。だって、謝ったら自分が悪いと認めたことになるという考え方なんだもん。ぶつけたって絶対に謝らないというメジャーリーグと同じだね。

 だから最近は、訥々(とつとつ)としかしゃべれない人を見たりするとなんかほっとしたりする。
 
 それが、辺見庸さんが同じようなことを書いていた(東京新聞「水の透視画法」)。辺見庸さんは前から注目していたけれど、ガンに倒れてからよけいに共鳴するようになった気がする。僕も死期が近いのか(笑)。
紅葉


 今年の八甲田の紅葉は、絢爛とはほど遠いです。まばらで鮮やかさに欠ける。時期に遅れて入山してかえってよかったのかもしれない。こういう年は、晩秋の方が味が出る。
2009.11.05[Thu] Post 14:50  コメント:0  TB:0  紅葉/秋  Top▲

山には神様なんかいない

金曜日の夜、僕はこういうことを飲んだくれてしゃべった。
飲むとしゃべることがめんどくさくなるので突き放すようにしゃべったが、今、補足すれば次のようなことです。

山には(人が作った)神様なんかいない。

ということです^^;

だって人が入らないような山には、人が作った神様などいるはずもないわけで、大自然だけがある。人間の上位にある「自然」を(いちいち説明するのはめんどくさいから)「山の神」と書くことはある、ということ。

このへんのことを2007年4.25、26.、27と連載した「シネグレと悠々」という記事のなかで少し書いている。参照ください。「月別アーカイブ」で辿れます。
霧の森
2009.6.14南八甲田
 大自然の恐ろしさ、あるいは美しさ、そのとてもかなうことのない大きさというものを目の当たりに見たら、神や鬼などという人の作ったものなど他愛のないものだと思う。
2009.11.02[Mon] Post 11:24  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

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