写真家の山暮らし

Photos of Japan north country and the Photographer’s Journal 南八甲田の麓、奥入瀬川のほとりの山のスタジオからNature Photoを添えて日誌を綴っています。2012.3.11に恵比寿のスタジオをこちらへ移転しました。

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抜けるような空と湖/十和田湖

十和田湖
2013.3.27/十和田湖

先日の写真塾実地講習の日。抜けるような空と湖。十和田湖の最も美しいシーンに生徒と連れて行けたかもしれません。
来月の塾予定は、10日(水)、13日(土)、24日(水)、27日(土)です。途中からでも申し込みできます。
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2013.03.29[Fri] Post 11:45  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

極上のブナ林雪上ウォーク

きょうはノースビレッジのネイチャーガイドリーダー丹羽くんと苔まるめ職人起田くんと三人で歩いた。最近ソロが少ないって?いやそういうわけでもない。こっちに移住したおかげで仲間が増えたと言った方がいい。山歩きは、ある程度、同レベルの力の同行者でないとペースを合わせるのに苦労する。ソロ(単独)の方がずっと楽である場合が多い。人数が増えればスケジュールを合わせるのも難しくなる。NOVIの丹羽くんやヤスくんは、ネイチャーガイドだし、家も近所だから両方のネックをクリアしているわけで最近、同行しているというわけだ。
残雪期の山歩きは、最高!なによりも雪が全山覆っているからどこにでも行ける行動範囲の自由さがいい。夏は笹薮が立ち上がって行く手が厳しくなるところもこの時期は楽に行ける。雪景色は何よりも素晴らしい。寒さも厳寒期と違って対策さえしっかりしていればなんということはない。多くの一般人はその点を、経験していない分、誤解している。はっきり言って快適なのだ。ただし春山でも吹雪はあり得ると心得る必要がある。
テンとカモシカの足跡があちこちについていた。それも真新しい。少し行くとまた真新しい足跡がある。どうもすぐ近くを歩いているらしい。一緒に夜の散歩を楽しんでいるのかもしれないなあと思うこの共有感がなんとも素敵じゃないか。
これが日本の、東北の北国の雪山の素晴らしさ。身の危険など露ほどもない。敵になり得るケモノもヒグマより一回り小さいツキノワグマだけだ。しかも冬眠明けは、何十キロも体重を減らして小さくなっているのであまり脅威ではない。ストレスのない晴れやかなランブリングができるというわけだ。
青く輝いた満月のブナ林雪上ウォークは極上でした。
2013.03.28[Thu] Post 09:04  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

月光夜/雪のブナ林

月光夜
2013.3.26/南八甲田

満月の前夜でした。雪があって全山をスキーやスノーシューという道具なしでで自由に歩けるのは、一年のうちで3月だけのたのしみですね。雪が締まっていて沈みません。

月光夜

テンの足跡

月光夜

ブナの巨木の下

風ひとつなく晴れ渡った信じられない絶好の夜でした。

2013.03.27[Wed] Post 20:54  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

ふるさとの山、ながめているだけでありがたい山


高田大岳は、南部人にとってふるさとの山です。ただながめているだけでありがたい山です。


日本には他の国にはない豊かで美しい自然、里山と原生の自然が先人たちの努力によってしっかり残されています。その中でも縄文文化を色濃く受け継いだ青森は、最も豊かで美しい自然が残っているのです。
これは私たちが先祖から受け継いだふるさとという宝です。
これを放射能で汚染しつくすことなど決して許されません。
ところが、汚染の事実を隠蔽し、大したことはない、と言い張る人たちがいます。こんなことが、先祖に対してあるいは母なる大地に対して申し訳が立つと思いますか?
この人たちには罰が下ると思います。座して知らんふりをはする人にも罰が下ると思います。それを許せば私たちも同じです。
この危機を乗り越える道をみんなが真剣に探すしかないのです。核を廃絶し放射能を封じ込めるというたったひとつのことに向かってみんながひとつになればそれは可能なのです。

そう思っているから時々僕は、原発と被曝の問題を書いている。

そういう話はよせと、えふりこいで言ってきたやづをわだっきゃはんかくせぇという。ほんつけねぇ!ほづなし!
2013.03.21[Thu] Post 18:49  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

残雪期の雪原

湯の台

2013.3.15/湯の台

同じ地点に立っても撮影のテーマが違えば、撮影技法も現像の仕方も違ってくる。冬の終わりの太陽と雪原のディティールに焦点を当てた。素晴らしい山でした。これも南八甲田。
2013.03.19[Tue] Post 20:06  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

地を這う地吹雪

湯の台
2013.3.15/湯の台
2013.03.18[Mon] Post 20:48  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

湯の台の雪原

湯の台2013.3.15/湯の台

いつもねらった通りにはいかないのが撮影で、星空も朝焼けもいまいちと思っていたところ、思わぬところでいいものが撮れたりする。焼山の山頂から湯の台に降りていったところ、湯の台。地吹雪が走っている。光と地吹雪と樹木の間隔をずっと追いかけて撮り続けた。この季節だけの素晴らしい光景です。
2013.03.18[Mon] Post 20:40  コメント:4  TB:0  日誌  Top▲

デーリー東北に紹介されています



今朝のデーリー東北に紹介されています。
2013.03.17[Sun] Post 12:45  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

スキー場の夜と十和田市街

焼山

2013.3.14/焼山スキー場

焼山

2013.3.15
2013.03.17[Sun] Post 09:00  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

焼山スキー場山頂の夜

星空
2013.3.14/焼山

焼山スキー場山頂から。右下の大きい雲は北八甲田上空、左は南八甲田。
一時間露光を3発。3時間以上厳寒の山頂でカメラが動いていたわけです。EOS5Dmark2優秀。で、僕らはその間、ジンギスカンを食って酒盛りしていた^^。ノースビレッジのガイド、にわっちとヤスがいなかったらやってないね。ふたりにありがとう。

でも写真は要再挑戦だ。

野営


野営

2013.03.16[Sat] Post 10:44  コメント:2  TB:0  日誌  Top▲

新聞に紹介された「絶対風景」


東奥日報朝刊に紹介されています。
「ヒバの神様/12本ヤス」は、絶対風景にふさわしい素晴らしい木でした。
2013.03.11[Mon] Post 10:37  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

山頂でカモシカ

カモシカ

2013.3.4、焼山の山頂でカモシカ。スキーをはずしてのんびりしていた時に、フッとカモシカがいることに気づいたのだ。60mくらいは離れていただろうか。ばたばたとバッグから望遠レンズを出したりしていたら立ち去るので、静かにそーっと動いて三脚をバーンして奴に向けた。レンズはそのままEF24-105mm。レンズを最大繰り出して105mmだから小さくしか写らない。ピントをシビアに合わせなかったら使い物にならないから、ライブビューにして10×拡大でピン合わせした。2枚撮ったら、案の定やつは立ち去った。ピントはまちがいなくきてました。
上の写真は下のものの拡大トリミング写真です。オートフォーカスじゃあ多分こうはいきません。

静かな、贅沢な時間でした。ミラーレスの軽い望遠レンズが欲しいところだけど、先立つものがない。


カモシカ


2013.03.08[Fri] Post 21:07  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

お知らせ

写真塾第二期は、
土曜日選択の人は、今週9日、午前6時集合です。
水曜日選択の人は、来週です。
2013.03.05[Tue] Post 20:55  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

十和田三山

十和田三山
十和田三山/2013.3.4

十和田三山が見える。左から大駒ヶ岳、三ツ岳(この二つを総称して戸来(ヘライ)岳と言う)、十和利山、十和田山。大駒ヶ岳の手前のピークが馬の神という山。山岳信仰の深い山々。キリストの墓や大石神ピラミッドも山麓にある。天孫系の信仰ではなくて、縄文由来の原日本の信仰やペルシャ航路経由の信仰などが残された地ということか?ペルシャ航路経由の交易は大和朝廷にはなく、津軽の十三湊や野辺地と通して行われていたという歴史がある。
2013.03.05[Tue] Post 17:38  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

北八甲田

八甲田
北八甲田2013.3.4
2013.03.05[Tue] Post 13:54  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

Kick Nucrear!3.10Pray for the earth 十和田市現代美術館に展示します。

kick Nucrear

3.10Pray for the earth 十和田市現代美術館に展示します。
2013.03.04[Mon] Post 20:11  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

寄稿文「写真家として青森を写すことの意味」

『紀要上北』(平成24年度)に寄稿しました。
これは青森県上北地方小学校校長会誌です。依頼をはるかにオーバーした僕の長原稿を全文掲載していただいたことに感謝します。以下転載します。

kiyo.jpg

「写真家として青森を写すことの意味」 岩木
登 日本写真家協会会員 フリーランス

 僕が三本木高校を卒業してからですから、
40年ぶりに青森に戻りました。帰省ではなく移
住。今は焼山にスタジオ兼住居を構えて活動し
ています。青森の風景を撮影することに専念・
集中するためです。
 数年前からもくろんでいた事ですが、それを
決断させたのは他ならぬ3.11大震災と福島第
一の原発事故でした。ふるさとを守ろうという
気持ちと、青森という北東北の果てに残された
世界的にも希有な自然の価値を訴えようという
気持ち、その二つの気持ちが入り交じり、それ
と重なるように僕自身の東京での生活から抜け
出したいという思いがシンクロしてはじけたの
が3.11だったのです。出版社や広告制作会社
が集中する東京は、写真家にとって仕事の段取
りはとりやすい地ではあるけれど、作家活動そ
のものは集中できる環境ではないし、便利で、
効率的で、高収入・多消費の生活そのものに疑
問を持ち始めていて、東京脱出することをおぼ
ろげながら10年ほど前から考えていたので
す。おぼろげな気持ちを鮮明にしたのは3.11
以降の原発事故と未曾有の放射能汚染の拡大で
した。
 震災直後に僕は、写真家仲間に呼びかけて被
災地支援チームを結成しました。東北支援東京
写真家チーム(TSTST)と言います。当初3人
で始めて、支援物資を車3台に満載して大船渡と
陸前高田に入りました。その報告をブログに掲
載したら反響がどんどんひろがりチームは、サ
ポーターも含めて110名を超えるまでになりま
した。まったくのボランティア、どこからも助
成金をもらわず、手前弁当で、自腹を切って、
物資を運んだり炊き出しをおこなったり瓦礫の
片付けをおこなったりしてきたのです。現地に
チームを派遣した回数は10度におよび現在も
続いています。

 その時のブログ掲載記事と写真を転載しま
 す。「東北を再建しよう」という連続ブログ
 です。
  「東北を再建しよう」ブログ第一報は、3
 月16日に青森から発しています(僕は3.11
 の時、上北町に滞在していた)。

*hatinohe.jpg


3.21:「誇り高き漁師_東北を再建しよう
12」
「自然災害はある程度避けられない。自然とつ
きあいながら、その中でしかわたしたちは生き
られないのだから。それでも私たちは自然への
畏敬の念が足りなかったような気がする。
 私たちが、真剣に考え直さなければならない
のは福島の事故だ。
 なによりも私たちは、原発事故の責任を政府
と電力会社にだけおしつけるわけにはいかない
と思う。原発を必要としたのは、大量消費社会
を生み出しそれを追い求めてきた多くの私たち
だからだ。、、、(中略)、、、 
 これは象徴的なのであって、偶然ではない。
 今、原発の是非を言っている場合ではない、
という人がいますがそれはちがうと思う。今こ
そみんなで真剣に考えるべきです。なあなあで
容認してきたのは私たちですから。原発無しで
やっていけるのかということではなくて、そう
いう社会を作っていこうということです。
 破壊された東北から、私たちは新しい関係を
作っていかなければならないのだろう。母なる、
父なる大自然。人がコントロールできるわけが
ない。奢ることなく畏敬しよう。それが僕らの
とりもどすべきことだ。
 小川原湖は被災をまぬがれた。大震災後もこ
この漁師たちは小さな船を出して毎日漁に出て
いる。
 六ヶ所の漁師たちは、原発に反対して、船を
総動員して激しく抵抗した誇り高き人たちだ。
がんばれ青森。いち早く再興し東北を支援しよ
う。

ogawara.jpg


4.13:
大船渡。
街に入った途端に、ウッと息を飲ん
だ。瓦礫の山が延々と続く。建物が壊れている
というレベルではなくてペシャンコに全部潰れ
ている。はるか遠くまで残骸だけの山だ。
なんだこれは!
そうだこれは映画で見た絨毯爆撃された廃墟の
街だ。三人とも声が出なかった。胸が締め付け
られる激しい衝撃を受けた。大船渡駅が跡形も
ない。ほんとになにもないからわからなかった
のだ。線路だけがあって、屋根らしきものが
ひっくり返ってあらぬところにころがってい
た。近付いてきた地元のおばさんに聞かされて
はじめて駅舎の跡だと知った。

陸前高田。なんと。もっとひどかった。

異臭が漂う残骸だけの街!

涙が流れる。言葉が出なかった。どうしようも
ない脱力感。

この次は写真をのせます。覚悟してください。
みんなが見なければならない。

支援物質はしっかり届けました。
全部潰れてしまった市役所の仮庁舎が高台にプ
レハブで作られていて、そこの支援物質受付所
に納品しました。自らも被災者である役所の方
は大変喜んでくれました。
(同行した)二人はきょうで任務終了です。お
疲れ様でした。僕はまだこれから届けて歩きま
す。
帰り道、露店で焼きそばを売っていたので僕
らはそれを昼食にしました。四人の気仙沼の
漁師。
「船はどうでしたか?」と聞いた。「全部なく
しました」という。僕は車に戻って、ダンボー
ル一つ持ってきてそれを渡した。「ラーメン
入ってます。もらってくれませんか?」
「えっ、いいんですか?」「ええ是非」。4人
は、立ち上って礼をしてくれました。僕はもう
一度車にもどりました。米を一袋、「これも」
と言って置いてきました。日焼けした精悍な漁
師の顔がくしゃくしゃになって、、たまりませ
んでした。
東京と仙台へ帰る二人と別れてからもう一度、
大船渡にもどりました。ぞっとする廃墟の街を
一人で歩きたかったから。しばらく歩いて、片
付けをしている家族風の三人がいたので聞いて
みた。「水はいま出るんですか?」
女の人「まだ出ないんですよ。給水です」
「じゃ、水もらってください」と言って僕は車
に走った。24本の水をかかえてもどった。そ
れを差し出して、また僕は走った。まだ米が一
袋残っていた。それをかついでまたもどる。
「これももらってください。」「がんばってく
ださい」、、女の人は、うるうるしていたの
で、僕は一礼して車にもどった。車を走らせる
と今度はお父さんらしき人が手を降って走って
きた。名前を聞かせてくださいという。そんな
のいいと言ってもどうしても聞かないので名刺
をあげた。僕は青森生まれで帰る途中で寄った
だけです、仲間に声かけたらみんな集めてくれ
たんです、と話した。お父さんは、下を向いた
まま、サンマでも穫れたら送ります、って。た
まらない。東北人は堪らないよ。きょうはバー
ボン、ストレートで飲んで寝ます。

4.14:「合掌してください」
otuchi.jpg

2011.4.11 岩手県大槌町 (震災直後では
ない。きのうの写真です。)

この見渡す限りの瓦礫の山の下にまだ多くの遺
体が埋っていることを、立ちこめる堪えられな
い異臭が知らせてくれた。

この町だけで、588人死亡、1000人以上行方
不明。
ご冥福を祈ります。

4.16:「東北を再建しよう_大事なことを書
きます」
 岩手の被災地をまわって感じたことは、人々
のやさしさでした。それと、盛岡から遠野を抜
けて三陸にいたる自然の美しさでした。岩手山
と早池峰山はいつ見ても心を打たれます。閉伊
川や北上川を通り、東和、九戸、葛巻あたりを
ゆくと、そこには僕の知りうる日本で最も美し
くて穏やかな農村があります。コンビニも無粋
な広告看板もない穏やかな農村、ここで僕は、
私たちが過剰な消費社会に馴れ忘れ去って来た
安らぎの風景を見る思いがしました。

饒舌ではなくて 忍耐強くて 人とのつながり
を大事にして 私利よりも他利 自然を敬い 
恥ずかしがり屋で そんな東北人とはなんです
か 日本のこころ そのもの わたしたち多く
の日本人が忘れかけてきたもの それが残され
ているところの人たち 相も変わらずじっと耐
え忍んでいる そんな東北がいま救いを求めて
いるのです。

 東北は今や世界中の話題の中心になっていま
す。
「なぜ略奪が起きないの?」(CNN)「忍耐
強く、不屈の日本人」「家を失った日本の被災
者は、おにぎりと味噌汁を食べるだけで深くお
辞儀し、食べ物のありがたみに感謝してい
る。」(台湾「聯合報」)、、、などなど。

 わかっていただけるでしょうか?これらは、
日本人の美徳ではなくて、日本人の多くが忘れ
かけてきた、そして、東北人に多く残されてい
る美徳、なのです。

 自己保身、責任逃れに冷汗を流すひとたち、
支援など見向きもせず食料やミネラルウォー
ターやマスクを買いだめする人々、原発の安全
性を問題にするふりをしながらまだ使い続けよ
うとする愚かな人間たち。残念ながらこの人た
ちの方が今の日本の主力です。すくなくとも権
力を握っています。

 原発とはなんですか?

 東北が育み残して来たものの対極にあるもの
です。自然を敬い、人々が支え合い、効率主義
でなく、経済至上主義ではなく、エネルギー大
量消費ではない、つつましくも、心は豊かな社
会。
「原発なしでやっていけるのか!」そんな声
が、まだ日本中の大半なのです。残念ながら。
経済至上主義で考えたらそういうことです。効
率主義で考えたらそういうことです。だから、
わたしたち多くの日本人は忘れかけてきたんで
す、もっともっと大事なものを。

 誤解を恐れずに言うと、津波と原発の事故
は、天が与えてくれた試練なのであって、わた
したちに与えられた最後の機会なのです。ええ
最後です。今も危ないけれど、この次もあった
らおしまいです。
 六ヶ所村には、日本を軽く全滅させる核燃料
が貯蔵されています。、、(中略)

 美しい東北を支援していくということは、私
たち自身が変わっていくということです。変わ
らなければならない。変わらない人たちを変え
ていかなければならない。大事なのはそのこと
です。それがおろそかにされたら、東北の再建
は失敗します。日本もだめになるということで
す。
 東北を新たに再建するということはそういう
普遍的な意味があります。希望を持って支援し
ていきましょう。TSTST(東北支援東京写真
家チーム)をサポートしてください。
 再建しよう東北 支えよう東京  TSTST
チーム 写真家 岩木登

引用が長くなりましたが、僕は生まれて以来最
大のショックを受けたということを伝えたかっ
たのです。歴史は3.11をもって変わったのだ、
僕自身も変わらねばならないと思い至りました。
何ができるのか、どこまでできるか。今も悩み
試行錯誤しながら毎日を過ごしています。だけ
どテーマとして選んだものに間違いはないとい
うことだけは確信をもっています。世界一美し
い森と川が青森にある。それがこの東北の果て
に残されて来たことの意味を考えながら撮り続
けようと思っています。
2013.03.03[Sun] Post 22:51  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

氷のシャンデリア

十和田湖

氷のシャンデリアかな?壮観。2013.2.24/十和田湖
2013.03.03[Sun] Post 10:47  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

松見の滝上段滝壺へ挑戦の記録DVD

松見DVD
先日のギャラリートークで上映したDVDを販売しています。
定価¥4000。メールか電話でお申し込みください。
2013.03.01[Fri] Post 16:45  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

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