写真家の山暮らし

Photos of Japan north country and the Photographer’s Journal 南八甲田の麓、奥入瀬川のほとりの山のスタジオからNature Photoを添えて日誌を綴っています。2012.3.11に恵比寿のスタジオをこちらへ移転しました。

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奥入瀬氷瀑

奥入瀬
2014/奥入瀬
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2014.01.31[Fri] Post 17:20  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

蝦夷たちの天空

「CAR GRAPHIC」で福山尚生さんが僕の写真につけたキャプション。

「蝦夷たちの天空:縄文文化が色濃く残っていた東北地方だが、8世紀に入ると大和朝廷は本格的な蝦夷征討を始める。しかし、数万の軍隊を送り込んでもなかなか征討できず、その強さのひとつは、馬を自在に操りながら矢を射る狩猟で鍛えた技術であったと言われる。その後、この地域は牧畜が文化として残り、現在でもこのような牧草地が数多くある。」

八甲田
2014.01.31[Fri] Post 09:31  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

「CAR GRAFIC」2月号に掲載

発売中の「CAR GRAFIC」2月号に5ページにわたって写真が掲載されています。
去年暮れにライターの福山氏と津軽を取材した時の写真です。高橋竹山をめぐる津軽の旅という内容の記事です。さすがCG、印刷もいい。ライターの福山氏の文章も秀逸です。

2014.01.30[Thu] Post 11:24  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

要注意、双竜の滝は危険です

双竜の滝。行程、滑落と雪崩でかなり危険。勧められない。特にきょう僕が付けた足跡をたどるのは非常に危険。雪崩4箇所以上あり。きょうは冷え込んでいたのでなかったが、緩めば雪崩で谷底まで落ちる。氷結は素晴らしいが。
谷を歩くのも危ない。雪崩が来る。
2014.01.29[Wed] Post 17:26  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

冬山撮影会予定

イワキスタジオ3月の撮影会の予定
☆3月1日(新月) 17時~21時ぐらい
☆3月15日(満月)
星空撮影会です。
場所は、湯の台。
雪上車に乗って登ります。
山の上に小屋があって暖をとることができます。
募集人員12人限定、
残数4です。お申し込みお早めに!
お問い合わせ 090-3317-7918
2014.01.28[Tue] Post 13:41  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

写真はどれだけ拡大できるか?

写真はどれだけ拡大できるか?
(1の写真は2の写真の100%拡大だが、ネット上にアップするため長辺5600ピクセルのものを600ピクセルにJpeg縮小しているので本来の画像ならもっと拡大可能)

この質問にはっきりとした答えはないのです。いろいろな要素がかかわってくるからです。
最も陥りやすい間違いは、「画素数による」という答え。写真には「トーンの幅」も必要です。それから「レンズの解像力、描写力」も影響します。それから撮影時の光量も影響します。そしてなによりも撮影の「腕」が一番影響するのですよ(笑)適正露出、正確なピント、適正なシャッター速度、適正な機材(カメラ、レンズ、三脚選び)、適正なセンス(笑い)が必要というわけです。

拡大写真は、撮影時に合わせたピント位置部分(真ん中よりやや左下)を拡大した。周辺部や遠景部分のようにピントをはずしている部分では、まともな拡大写真にはならない。

さ〜て、みなさんの写真も拡大してみてください^^;

十和田湖

十和田湖
2014.01.26[Sun] Post 22:34  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

透明な時間/十和田湖

静かな透明な気持ちでシャッターを切っている。(時もある)


2014.1/十和田湖
2014.01.25[Sat] Post 18:26  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

地球環境を壊さない成熟社会を目指す

細川候補の演説を聞いた。まず第一に、としてパラダイム転換が必要と言った。「大量消費、成長主義ではない人間の豊かさを目指す」と言った。
減速して成熟した社会を目指すこと。これはまったく正しい。この立脚点に立つ限り彼の原発ゼロは間違っていない。この点、小泉は少しずれているが、ヘッドコーチについた田中秀征がここの調整にとまどったから公約発表が遅れたと見る。マスゾエのインチキ脱原発とは違う。
(会見で映画「100.000年後の安全」と「六ケ所村ラプソディー」を見たと言っていた。脱原発派でも見てない人たちはたくさんいる)
2014.01.25[Sat] Post 06:48  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

なぎと暴風_しぶき氷の十和田湖

十和田湖

十和田湖
2014.01.24[Fri] Post 16:50  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

ナウシカの蟲のような風景



「風の谷のナウシカ」は、1984年3月11日!に封切られた。核戦争後に汚染された腐海に生きる少女の物語。
2014.01.23[Thu] Post 20:43  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

龍の子ども

2014.01.23[Thu] Post 20:09  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

龍の牙

十和田湖
2014.01.23[Thu] Post 19:44  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

100.000年後の安全

http://www.uplink.co.jp/100000/2014/sp/

「100.000年後の安全」無料配信中です。2月10日まで。ぜひご覧になってください。

すでに少なくとも25万トンにのぼる核廃棄物が世界に存在している。これを管理しているのは人間だが、これが自然界に漏れたら重大な危険を全生態系に及ぼし動物や植物を内側から壊していきます。これが事実。
福島の事故は、そういう事態に陥ったということ。そして今だに管理しきれずに重大な危険が続いている。これも事実。

この事実を隠して今まで通りにやろうとする人たちが、政界にも経済界にもメディアの世界にも私たちの周りにもいるということが大問題なのです。

みんなが自覚して立ち向かわないとみんなやられてしまうというのが今の状況。

きのうも地下水から32万ベクレルという過去最高の極めて危険なレベルのβ線放射能が検出された。いつから漏れていたかすらわからない。近づくことが可能なロボットが開発されてきのうはじめてわかったのだから。

「放射線は体内を通り、遺伝子のDNAモデュールに当たるとそれを切断し破壊してしまいます。味もにおいもしません。感じとることもできません。ひどく被曝しても一時間くらいは何も感じません。しかしそれからしばらくして、吐き気して嘔吐し食中毒になったかと疑います。一時は快方に向かうかに見えますが、2.3週間後には吐き気におそわれ出血が始まり高熱が続きます、死亡する場合すらあります。」(本篇出演の医師の発言)
2014.01.23[Thu] Post 10:49  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

龍の肌_2

十和田湖

龍の肌が浮き出るのは最も冷え込む時間帯。2014.1/十和田湖
2014.01.22[Wed] Post 21:22  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

十和田湖夜明け前

十和田湖
2014.1.21/十和田湖
2014.01.22[Wed] Post 11:15  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

十和田湖の青氷



2014.1.21/十和田湖
2014.01.22[Wed] Post 07:48  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

毘沙門天が踏みつけている鬼は東北人

毘沙門天が踏みつけている鬼は東北人なんですよ。西の為政者たちに蔑まれ鬼畜と罵倒され侵略された東北人の血塗られた歴史をさらっとおさらいしよう^ ^

日本は、単一の民族、単一の国家などではないということは、教科書以外の歴史を勉強すればすぐに気付くはずだ。
それは、沖縄とアイヌのことだけではない。
アイヌ語の山、川、部落というものは青森にはたくさんある。
マタギとは何か?
西日本の山人やサンカとは明らかに違う。マタギの山言葉は、アイヌ語と共通語がたくさんある。山言葉は、里では喋らない(ヤマトの支配下だから)
蝦夷(エミシ)とは何か?
蝦夷(エゾ)とイコールではない。
古代中国の歴史書に記されている日本列島のふたつの国「倭の国と日高見の国」とは何か?
高橋克彦はこう主張している。
倭の国の支配者は、当時の世界帝国中国に対して、日本列島はひとつの国であるということをアピールするために、「大和(ヤマト)」と名乗って、大いなる和がなったとしたのだ、と。おもしろい。分かりやすい。
日高見の国を無視したわけだ。
(「日本」という名前は、もともとは日高見の国のことをヤマト側が呼んでいた言葉ではないかと思う。津軽安東氏のことを日ノ本将軍と呼んでいるし、平将門は自ら日本将軍と称している。)

そこからヤマトの東北制圧戦争が始まるわけだ。「北は鬼門」はヤマトの造語(中国の北夷西狄のパクリだが)だ。「敗北」も造語。それだけ北を忌み嫌っていたのだ。
そこから続く千年戦争、アテルイ-イカコ-阿部貞任-奥州藤原-九戸党-少し間を置いて戊辰戦争。間を置いたのは、江戸政権が、東国人の政権であったから。

そのエミシの末裔が最も多く住んでいるところ、青森。

謎はある。
なぜ西日本の人々は渡来人と連合して、一方東北人は敵対したか?

稲作文化だろうね。稲作は西日本には非常に有益な知識だった。
ブナ帯と照葉樹林帯の違いでもある。ブナ帯は狩猟・採集・畑作・牧畜に適しているが稲作には適さない。豊かな森があれば、朝から晩まで農業に励む必要がない。そのかわり豊かな自然は荒らしてはいけないという思想が根付いた→これが稲作人の開発志向とぶつかった。

柳田国男は、みずほの国日本論をまとめようとした民俗学者。当時の政府お抱え学者と言ってもいい。無理な論法がたくさんある。
「遠野物語」も伝承を書き換えたりしているが、「雪国の春」はもっと典型的。下北半島や東北町に行ってみればいい。「稲を作る常民」などどこにいるのか?あまりいないんだ。日本人=稲の民という定式に無理やり当てはめようという記述がたくさんある。常民などではない。国策によって稲作に大転換を強いられ、数年ごとにケガチ(飢饉)を何万人も出した悲劇を覆い隠して「瑞穂の国」を謳うか!津波どころではない。例えば南部地方だけでただの不作で5万人も死んだ年すらある。怒りすら覚える。
同じく東北を旅してたくさんの記述を残した菅江真澄の真摯な正直な記述にくらべたら愕然とする。

今も昔も変わらないな、御用学者は信用できない。

単なる昔話ではない。東北人にとっては現在に通底することだ。

宮沢賢治の「原体剣舞連(はらたいけんばいれん)」

Ho ! Ho ! Ho !

 むかし達谷(たつた)の悪路王(あくろわう)
 まつくらくらの二里の洞(ほら)
 わたるは夢と黒夜神(こくやじん)
 首は刻まれ漬けられ
 アンドロメダもかゞりにゆすれ
 青い仮面(めん)このこけおどし
 太刀を浴びてはいつぷかぷ
 夜風の底の蜘蛛(くも)をどり
 胃袋はいてぎつたぎた

 dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
 さらにただしく刃(やいば)を合(あ)はせ
 霹靂(へきれき)の青火をくだし
 四方(しはう)の夜(よる)の鬼神(きじん)をまねき
 樹液(じゆえき)もふるふこの夜(よ)さひとよ
 赤ひたたれを地にひるがへし
 雹雲(ひよううん)と風とをまつれ
 dah-dah-dah-dahh
 夜風(よかぜ)とどろきひのきはみだれ
 月は射(い)そそぐ銀の矢並
 打つも果(は)てるも火花のいのち
 太刀の軋(きし)りの消えぬひま
 dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah

昔ヤマトと戦って敗れた悪路王は、首を刻まれ腸を塩漬けにされる。なぜそんなひどい目にあわねばならぬのか。南部の人たちは悪路王の首を手厚く葬るべきなのだ。なぜなら鬼となった悪路王は人間に救いをもたらす天鬼になったに違いないのだから。そう賢治はそう歌うのだ。

怨念込めたダミ声のズーズー弁で唄わねばならない。

むがすたつたのあぐろおう♪まつくらくらのぬりのほら♪わだるはゆめどごぐやずん♪くびはきざまれつげられ♪ほー、ほー、ほー、むがすたつたのあぐろおう、、、
2014.01.20[Mon] Post 16:52  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

十和田湖

2014.1.14/十和田湖 EOS5Dmark2/EF20mmF2.8

冬の十和田湖ではめずらしく風がほとんどなかった。スタジオ撮影会で。

_MG_4199.jpg
この写真は、生徒の青柳さん撮影。
2014.01.20[Mon] Post 13:57  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

真冬の青い湖

十和田湖

2014.1.14/十和田湖 EOS5Dmark2/EF20mmF2.8

湖底の倒木が見えるほどの透明感。連日氷点下10℃を超えているので湖に入り込む沢の水が減っているのだろう。水面が下がっている。
苔の緑も美しい。

十和田湖
2014.01.20[Mon] Post 13:29  コメント:2  TB:0  日誌  Top▲

硫黄源流

モノオギゴヤ展示作品 4「硫黄源流」(165cm×110cm)

ギャラリーとは何かというと、作家の唯一のオリジナル作品を見れるところです。
写真集や雑誌などの印刷物や、ましてやネット上の画像は、オリジナルの作品ではありません。写しです。質の落ちた模写品です。
そういった高い質に仕上げた作品を展示しているギャラリーに来て実物をご覧になればわかるはずです。どうぞギャラリーへ足をお運び下さい。

2014.01.19[Sun] Post 13:26  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

結氷する湖

蔦
2013.12/蔦

撮影の時は、雪が降っていようと晴れていようと僕はあまり気にしないで出かける。それぞれの良さがあるし、また天候は変わるものだから出発する時は何ら気にしない。
晴れの菅沼、吹雪の蔦沼、厳寒の十和田湖、どれも素晴らしかった。

ずぼずぼと沈む雪を分け入って辿り着いた入り江に立つと、沼の冷気が吹き込んで来た。その時の新鮮な、沁みいるような感覚。そういう感覚を写真にしたい、そういう思いでずっと立ち尽くしてシャッターを切っていたのです。カメラの背面のモニターに写し出される撮影画像を見ながら「違う、違う」と何度もつぶやきながら。
ひじゃかぶがだがだ(膝がガタガタ)(*^^*)
2014.01.19[Sun] Post 07:55  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

支え合うことの意味

社会にとって、マイナスであり役に立たない人々を排除すべきであると考えたのがナチスの優生学です。
「生物の遺伝構造を改良する事で人類の進歩を促そうとする科学的社会改良運動」というような御託を並べたのが優生学です。

これはある意味で効率主義ですが非常に危険です。「出来損ない」には生活保護費を払うなと考えるのも同じです。弱者や劣者を排除するこの考えはユダヤ人虐殺まで行き着くのです。

人は、いろいろな面で弱者を受け入れあるいは支えあって生きてきたのです。相互扶助という形で、人類は社会を形成し繁栄してきたのです。優生学はダメ、これは自然の摂理にも叶っていることです。

人間はみな間違ってしまうものだ、一人一人はみな弱いものだという謙虚な考えに立ち、だからこそ支えあって生きていくのが大事。

優生学のような効率主義の考えを受け入れてはいけません。こういう人は必ずファシズムを受け入れます。
(愛煙家は社会にとって有害であり排除すべきであるという考えも同じと僕は考える)
2014.01.19[Sun] Post 07:45  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

違う空気が流れている

蔦

静けさ、別世界。違う空気が流れている。
2013.12/蔦
2014.01.16[Thu] Post 23:05  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

参加募集枠まだ余裕あります。お申し込みはお早めにに。

イワキスタジオ撮影会&勉強会
1月18日土曜日午前9時~午後11時十和田湖撮影会
午後12時~3時勉強会
片方だけ参加可能です。
各参加費:塾生¥2.000、一般参加¥3.000
お申し込みは、tel090-3317-7918、メールiwakino@mac.comまで。
2014.01.16[Thu] Post 12:39  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

龍の肌

十和田湖

ようやく見つけた。龍の肌。十和田湖すごい!
2014.1.
2014.01.15[Wed] Post 20:00  コメント:2  TB:0  日誌  Top▲

シュカブラー

モノオギゴヤ展示作品 2「シュカブラー /2007八甲田」(75cm×50cm)
GALLERYモノオギは、4月正式オープン-新作展示のため現在、旧作処分セール中です。

2014.01.14[Tue] Post 14:06  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

GALLERYモノオギ展示作品

モノオギゴヤ展示作品「氷瀑/2007奥入瀬」(165cm×110cm)
GALLERYモノオギは、4月正式オープン-新作展示のため現在、旧作処分セール中です。
2014.01.13[Mon] Post 16:36  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

アテルイ-戊辰戦争-再処理工場

戊辰戦争を、明治新政府と旧幕府軍の戦いと捉えたら本質を見失う。天皇をまつりあげて西側の絶対政権の復権を狙う勢力(主に長州だが、もともとは半島からの渡来人)が、最後まで「服わぬ民」(=蝦夷=東北人だが、もともとの縄文日本人)の最終的屈服をねらったもの。当時の東北の指導者たちは、それがわかっていたからこそ奥羽越列藩同盟を結成して抵抗した。
その流れ。厄介者(会津)やゴミ(核廃棄物)は、東北の外れ(奥蝦夷=青森)に捨て置け。

アテルイ-イカコ-阿部貞任-奥州藤原-九戸党-戊辰戦争は、一連の歴史の流れ。

中央になびいて従った者を「俘囚」と呼び、抵抗した者を「荒蝦夷(アラエビス)」「土蜘蛛」「ケモノ」と呼んでいたんですよ。これ歴史教科書から消されてしまったほんとの話だづ。

このうち、負けなかったのは、ほとんど知られていないイカコの戦い。そりゃそうだ。朝廷が負けたんだからね。それでとことん抹殺された。その痕跡が東北町(坪という地名、昔は都母(ツモ)と言った)にある「つぼの碑」=日本中央(ひのもとちゅうおう)の碑だづ。

その碑を抹殺したいから、明治新政府になって天皇東北巡行の折に、青森県庁に命令して、東北町の千曳神社境内の掘り返しを命じたんだが、見つからなかったわけさ。隠したんだよ、氏子たちがね。

その碑を、昭和になって農家が畑で見つけたづ。これが「日本中央の碑」。東北町国道4号線沿いにあるよ。棟方志功が「まちがいない!」と絶叫したらしい^_^

イカコは閉伊川(久慈)で征夷軍に負けて東北町まで逃げ延びた。そこで都母と統一戦線を張り五千の騎馬軍を集め訓練を重ねて最終決戦に備えたんだ。
その訓練場になったのが三本木原台地=十和田市だよ!

(最後の一行は、ただの僕の憶測^_^)

昭和になって発見された石自体には真偽論争はある。
2014.01.13[Mon] Post 09:00  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

田酒の酒粕で甘酒

しんしんと雪が降り続けているので、酒粕から甘酒を作ってそれをやりながら、きょうの”ばげめし”を考げるがぁ。きょう使った酒粕は「田酒」。旨めぇ♪
2014.01.12[Sun] Post 18:06  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

十和田神社から下北核半島へ

十和田神社と千曳神社と岩木山神社を解き明かせば、朝廷側と蝦夷_東北(=日髙見国)側との攻防の痕が垣間見える。面白れなぁ、青森は。んで今、下北核半島の攻防があるんだすけ。繋がってんだ。

会津藩を下北半島に移封したのも、
核のゴミを下北半島に押し付けたのも、根っこは同じだ。
2014.01.12[Sun] Post 10:13  コメント:0  TB:0  未分類  Top▲

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