前回、滝を迂回する高巻きとへつりの話(コメント)をしたのでそのエピソードをひとつ。
早朝テント場をでて川を溯行しながら2時間ほど上ったところで、4mほどの滝にさしかかった。滝を登れるだろうか?高巻きが必要だろうか?と考えていた時だ。滝の上の右岸の笹がザワザワとうごめく。やがて黒い物体が現われた。最初は人かなと思った。だけどこんな奥深く早朝にしかも上流から人など来るはずもないのだ。あっと息を飲んだ。それは大きな熊だった!滝の上と下、熊と僕との距離はわずか10m。最初はカメラを出そうかと考えた。だがカメラはザックの中だ。僕は滝の上をずっと注視し続けた。
「すごい、大きい!」
奴は、何もなかったかのように川を渡って左岸へ消えて行った。
強烈なけものの臭いがただよってきて、現実感がきて、その時になって急にゾッとした。滝の下で僕は、ただ固唾を飲んでいるしかなかったけれど、立ち上がれば2m近い巨体であった。僕はその大きさに衝撃を受けた。エサが不足して山麓に下りてくる小さめで落ち着きのないツキノワグマとは明らかに違う風貌に見えた。残念だが撮影できず。王者のような熊は風のように通りすぎた。
そして、その熊との遭遇が、その後の僕のルート判断を誤らせたのである。
続く。
(写真集『峡谷に宿るもの』より)
写真;熊と遭遇した滝/黄瀬川源流