写真家の山暮らし

Photos of Japan north country and the Photographer’s Journal 南八甲田の麓、奥入瀬川のほとりの山のスタジオからNature Photoを添えて日誌を綴っています。2012.3.11に恵比寿のスタジオをこちらへ移転しました。

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山の香りがそのまま香ってくるような写真だな。
もう何年も食べていないきのこ汁、若しくは山のきのこのたっぷり入った馬鍋でも
つつきながら早い所仲間たちと一杯やりたいものだな。
朝焼けの写真・・・・その場所でその瞬間だけ居合わせた者だけの特権。いいね。
こんな写真を見るとスーダン、モザンビーク、セネガル、マダガスカル、エジプト
タンザニアなど旅をした60余りの国々のいろいろな瞬間を記録する事を怠った
自分が悔やまれる。
曖昧な記憶の中に鮮烈に留まるアフリカの国々の雄大な自然の美しさがやけに
懐かしく感じるのは、故郷への郷愁の裏返しかと思ったとき、人間の起源がアフリカ
だと気付いた。始めてみる景色に妙な懐かしさを感じた既視感。それぞれの土地
でのほんの数ヶ月の滞在が人生の折り返し地点を過ぎた頃やけに懐かしく感じる
のはただ単にそこで暮らした日々の想い出に留まらず何か人間が自然と共存して
いた時代への郷愁か。苛酷な自然の中であっけらかんと暮らす人々のたくましさに
驚嘆し、自然を恐れ、敬い、愛する人々に共感する。
忙しさの只中にあるというのに記憶と思考の狭間は結構暇なんだという事に気付いた
俺は一枚のきのこの写真と朝焼けの写真から瞬時にそこまで考えて思考を停止した。

支離滅裂
2006.11.22[Wed]  投稿者:にし  編集  Top▲

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こんにちは.
資本主義の大量消費社会における欲望のあり方とでも言うのでしょうか.源流で会う釣り人にも,自らが投じた時間と金額に見合う対価(≒釣果)を得られなければ,不満を抱くタイプの人がいるように思えます(そういう部分はやはり自分にもあるでしょう).釣り雑誌や一部の釣りサイトは,そうした欲望をあおるための,釣り情報やスタイルのカタログのようなものですね.溢れる情報をカタログ上の商品を眺めるように見比べて,特に満足できそうな場所を選んで赴く.いわば商品を購入したようなものだからして,満足行く結果が得られなければ,却って不良品を掴んだような不機嫌な気分になるのでしょう.情報過多の昨今,山や川を歩く行為までが,商品,あるいは消費行動の対象としてしか見られなくなっているかのようです.
魚が釣れようが釣れまいが,そもそも竿を持とうが持つまいが,川などの自然の中を歩く行為から得られる,何か(としか書きようがないですが)を感じることさえ少なくなっているのかも知れません.
文明社会が作り上げたものとは別次元の価値や時間の流れを,自然の中に見出すことも(それこそ)文明の中で生きる人間にとって大切ではないかと,川を歩いていると思えまてきますね.

10月の大雨の数日後,八甲田の沢を少し歩きました.大雨直後とは思えないほど水量は落ち着き,荒れた様子もほとんど見受けられず,八甲田の森の懐の深さを思った次第です(でもやはり場所によってはかなり崩れたんですね.やはり林道沿いなどが多いのでしょうか).
(先日はデジタル写真集をありがとうございました)
2006.11.23[Thu]  投稿者:ur  編集  Top▲

>にし
クアラルンプールにもきのこの”かまり”が飛んだが?

>urさん
釣り人もカメラマンもマナー悪いのが増えてますね。誰も見てないだろうと思ってゴミを捨てるんですね。山の神が見てるよ。ついこのあいだも女性が写真を撮ろうとして南八甲田の池塘に深入りして遭難死しました。敬意を持って接しないと山はやさしくないです。urさんも気をつけて。
2006.11.24[Fri]  投稿者:iwaki  編集  Top▲

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採り残して来たキノコ

きのこ

きのこ2

きのこ3

きのこ4

きのこ5


先日、山から少しだけ恵みをわけてもらう気持ち、
が大事だと書いた。
釣り尽くし、採り尽くし、遊び尽くすというのは、ダメなんだ。

利潤を追求するためにあらゆることをやりつくすのが、「自由競争」という名を持ってする現代資本主義の行動形態だし、
そういう考えというのはそこの下部構造に発しているわけだ。僕も含めて多くの人間がそういう考えからなかなか逃れられない。

自然も社会も人間関係も破壊して、おかしくしてしまったのはそういう思想である。

少しだけわけてもらうという気持ちは、ケチくさく生きようということではない。
際限ある資源をみんなで分け合おうという思想にほかならないし、
そうやって共生する考えを持って生物多様性を維持しないと生態系そのものが壊れてしまうよという考えを持つことなのだ。

自然の中に入って行けばそういうことを教えられる。

岩魚もなめこも少しだけとればいい。

食べ尽くす、飲み尽くす、遊び尽くす、こんな言葉が雑誌にあふれているじゃない。かっこいいスタイルかのように。
そんなのなんもかっこいいわけじゃない。資本主義の掟にとらわれているにすぎないよ。

崩落1


崩落2



崩落3



崩落4



美しい自然が残っているのも事実だけど、この南八甲田ですら日々崩壊がすすんでいることも事実だ。

 この前の10月に来た時は、とんでもない嵐に遭遇して、奥ににほとんど一歩も入れなかった。その時の崩落の跡は各所にあった。
 崩落は年々増えて広がっているように見える。こういう自然破壊というのは保護地域を設けて足りるとする環境行政ではまったく救えない。オゾン層が破壊されて地球環境がおかしくなっていると警告がなされてから20年以上経つのにまるで対策が後手後手になっている。母なる大地を壊したら生きて行けなくなるのは人間なのに。


笠松峠



 笠松峠のアオモリトドマツを、見事な朝焼けが照らした。写真を撮れと山の神様は、峠を急いでいた僕を立ち止まらせたのだ。
2006.11.21[Tue] Post 15:56  コメント:3  TB:0  環境問題  Top▲

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山の香りがそのまま香ってくるような写真だな。
もう何年も食べていないきのこ汁、若しくは山のきのこのたっぷり入った馬鍋でも
つつきながら早い所仲間たちと一杯やりたいものだな。
朝焼けの写真・・・・その場所でその瞬間だけ居合わせた者だけの特権。いいね。
こんな写真を見るとスーダン、モザンビーク、セネガル、マダガスカル、エジプト
タンザニアなど旅をした60余りの国々のいろいろな瞬間を記録する事を怠った
自分が悔やまれる。
曖昧な記憶の中に鮮烈に留まるアフリカの国々の雄大な自然の美しさがやけに
懐かしく感じるのは、故郷への郷愁の裏返しかと思ったとき、人間の起源がアフリカ
だと気付いた。始めてみる景色に妙な懐かしさを感じた既視感。それぞれの土地
でのほんの数ヶ月の滞在が人生の折り返し地点を過ぎた頃やけに懐かしく感じる
のはただ単にそこで暮らした日々の想い出に留まらず何か人間が自然と共存して
いた時代への郷愁か。苛酷な自然の中であっけらかんと暮らす人々のたくましさに
驚嘆し、自然を恐れ、敬い、愛する人々に共感する。
忙しさの只中にあるというのに記憶と思考の狭間は結構暇なんだという事に気付いた
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支離滅裂
2006.11.22[Wed]  投稿者:にし  編集  Top▲

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こんにちは.
資本主義の大量消費社会における欲望のあり方とでも言うのでしょうか.源流で会う釣り人にも,自らが投じた時間と金額に見合う対価(≒釣果)を得られなければ,不満を抱くタイプの人がいるように思えます(そういう部分はやはり自分にもあるでしょう).釣り雑誌や一部の釣りサイトは,そうした欲望をあおるための,釣り情報やスタイルのカタログのようなものですね.溢れる情報をカタログ上の商品を眺めるように見比べて,特に満足できそうな場所を選んで赴く.いわば商品を購入したようなものだからして,満足行く結果が得られなければ,却って不良品を掴んだような不機嫌な気分になるのでしょう.情報過多の昨今,山や川を歩く行為までが,商品,あるいは消費行動の対象としてしか見られなくなっているかのようです.
魚が釣れようが釣れまいが,そもそも竿を持とうが持つまいが,川などの自然の中を歩く行為から得られる,何か(としか書きようがないですが)を感じることさえ少なくなっているのかも知れません.
文明社会が作り上げたものとは別次元の価値や時間の流れを,自然の中に見出すことも(それこそ)文明の中で生きる人間にとって大切ではないかと,川を歩いていると思えまてきますね.

10月の大雨の数日後,八甲田の沢を少し歩きました.大雨直後とは思えないほど水量は落ち着き,荒れた様子もほとんど見受けられず,八甲田の森の懐の深さを思った次第です(でもやはり場所によってはかなり崩れたんですね.やはり林道沿いなどが多いのでしょうか).
(先日はデジタル写真集をありがとうございました)
2006.11.23[Thu]  投稿者:ur  編集  Top▲

>にし
クアラルンプールにもきのこの”かまり”が飛んだが?

>urさん
釣り人もカメラマンもマナー悪いのが増えてますね。誰も見てないだろうと思ってゴミを捨てるんですね。山の神が見てるよ。ついこのあいだも女性が写真を撮ろうとして南八甲田の池塘に深入りして遭難死しました。敬意を持って接しないと山はやさしくないです。urさんも気をつけて。
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