写真家の山暮らし

Photos of Japan north country and the Photographer’s Journal 南八甲田の麓、奥入瀬川のほとりの山のスタジオからNature Photoを添えて日誌を綴っています。2012.3.11に恵比寿のスタジオをこちらへ移転しました。

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多様性、寛容

そのとおり!!
すぐ論争して、きりなくサケ飲んで、助平で!
いやいや、多様性と寛容に200%賛成します。
2009.02.27[Fri]  投稿者:いのすけ  編集  Top▲

>いのすけさん

いのすけさん、どうもです。
さすがいのすけさん。きっと最近は同じことを感じているんだね^^;
2009.03.02[Mon]  投稿者:wak  編集  Top▲

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原生と里山と街と,(寛容の森_2)

星空
カレンダー作品9月 ブナの森の銀河(南八甲田)  EOS1DMark III EF17-40mmF4L

それぞれに自然が、少しづつ違う形をもって存在している。誤解のないように言っておくが、それらを差別し優劣をつけようと言う気は僕にはまったくない。
 里山の自然の大切さについては拙書「南八甲田の森をゆく」で言及しているので僕の論点を知りたいのであれば本を買って読んでほしい。発売から3年たったがまだ紀伊国屋とかジュンク堂とかに行けばおいてあるし、Amazonでも買えるので、ぜひ食えない作家を支える意味も含めて買ってほしい。と言ってもいまだに印税は一銭もない。ほんとなのかと疑いたくもなるが、まだ千部売れてないということだ。情けないが。

 で、話を戻すと、
原生の自然と里山の自然に優劣をつける気はまったくない。そのことを踏まえた上で、僕は原生の自然というテーマに現在的には対峙している。人里近い自然の中では、曖昧にしかわからなかったであろうことがそこにおいては、鮮明にゆがみのない形で現れてくると僕には思えるからだ。原生の自然の厳しさ、その対極のやさしさ、多様性の深さ、生と死のおびただしい数々に直面しない限りは理解(=変わること)できなかったであろう根源的なもの、今はこういう曖昧な言い方しかできないけれど、そういうものを僕は撮りたい。

 偉そうで生意気なことを書いているが、そんな僕は、じゃあ変わったのかというと、前とちっとも変わらないどうしようもないものをずっと背負い込んでいる。すぐに論争せずには済まなかったり、きりなく酒を飲んだり、斜に世の中を眺めていたり、助平だったりとかちっとも変わりはしない。(少しは変わったの?)

 だが(言い訳をするようだが)しかし、そういう「不純」なこともまた「理」があるというのが大自然の教えなのである。原生の自然の中には「純」なものは何ひとつないと思う。「純水」とかは人間が作ったものだ。自然のなかには「清らか」な水はあるが、純水などない。「不純」なものや不完全なものが厖大にある。いやそれどころか、不純や不完全の集合体なのである。はかりしれない不純や不完全が集まって完全なる大自然が成立している。

 厳しさとやさしさ、美しさと異様が混在し、悠久と無常が同時に流れ、多様性を許す計り知れない寛容さが全ての上に立っている。自然は大きい。その大きさとは地理的スケールの大きさではない。寛容の大きさであり、深さであると思う。大自然は究極の寛容である。全ての生き物の生存を許す。

 (注意深い言い方をしなければならないが、このことは人間にはストレートには当てはめられない。人間は傲慢なことに自然のルールからはずれて生き始めているからだ。)

 「人間、みんな同じ気持ちになんかなれっこない」70年の終わり頃、僕はこんな大雑把な気持ちを抱いていた。たぶん僕だけではない。60~70年を越してぼくらの世代の多くはそういう痛烈な経験を重ねたのだ。あれだけ同じものを望み同じものを求めたのに、同じ思想を有していたのに、同じ組織ですらあったのに、同じ気持ちにはなれなかった。少し流れが変わるだけでバラバラになった。

 なぜかと悩んだけれど、そんなことは大自然を見れば当たり前のことだ。いつまでも大河が続くわけがない。流れが変わればバラバラになる。自然に学んでいればわかることだった。自然に学ぼうとぜず人間だけの理性に解決を求めた傲慢さが見誤らせた。

 各人の到達点が常に違うから同じにはならないのだ。思想や感性の温度差も必ずでてくる。

 絶対にいっしょにならない。なれない。だからこそ!多様性を大事にしなければならないのである。多様性こそもっとも大切な思想とも言えるのである。

 そんな考えは、どんな本を読んでもわからなかった。誰と論争してもわからなかった。教えてくれたのは、人からできるだけ離れたところにある自然であったと思う。


2009.02.25[Wed] Post 15:28  コメント:2  TB:0  星空  Top▲

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多様性、寛容

そのとおり!!
すぐ論争して、きりなくサケ飲んで、助平で!
いやいや、多様性と寛容に200%賛成します。
2009.02.27[Fri]  投稿者:いのすけ  編集  Top▲

>いのすけさん

いのすけさん、どうもです。
さすがいのすけさん。きっと最近は同じことを感じているんだね^^;
2009.03.02[Mon]  投稿者:wak  編集  Top▲

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