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白神山地のブナ損傷
ニュースで取り上げられていましたが、写真を見るとあれはナタ目ですね。昔からマタギ達がよくやってるようです。
自分の為の道標であったり、マタギの一種の縄張りであったり、あるいはクマをしとめた時の記念みたいなもののようです。ただニュースの様子からすると、マタギではなくて、マタギのマネをして一般の入山者がつけたんじゃないでしょうか?ナタ(鉈)を持ち歩くというのは一部ではちょっとしたはやりになっていますから。ナタ目も問題ですけど、登山者がよくやっている赤テープをあちこちの木につけるとか、もっと悪質なのは赤ペンキをつけるとかやめてほしいですね。 僕はナタは持ち歩きません。重いしかさばるから。それに今は昔とちがって森がだいぶ痛めつけられて弱っていますから、安易にナタで薮を切り開いたりという使い方は控えた方がいいかなあと自重する気持ちもあります。ナイフとか刃物とかいうものはあるとつい使いたくなるんですよね。一般の入山者にはナタは必要ないんじゃないでしょうか。 僕が常用しているのはオピネル(OPINEL)という折りたたみ式のナイフ。サイズが5種類くらいあって¥3000くらいで買えます。軽いしポケットに収まる。ヨーロッパでは歴史があって、かのピカソも愛用していたそうです。シングルモルト「ラフロイグ」の強いピートの香りというのは山で飲むとしっくりくるなあ。もちろん日本酒もいいし、たまにはビールも飲みたいというのも真実^^; ![]() 平泉とみちのくの自然
平泉の世界遺産登録はならなかったようで少し残念だが、一方で世界遺産ばかりありがたがるのはどんなものかという気もしないでもない。
平泉をなぜとりあげたかというと、この地は、阿弖流為の戦いから連なり後の南部九戸党の反乱にまでいたる、東北人の原点とも言えるところだからだ。それは南部人へと連綿と連なるものだ。東北人とはちとあいまいかな?蝦夷(えみし)と言えばいいか。もちろん蝦夷なる言葉は、大和朝廷側の差別言語であるが、それ以外に適当な言葉がない。「みちのく」と言ってもいいが、それですら「道の奥」というあからさまな朝廷側の差別言語とも言える。陸奥の国とは「道の奥」からきている。芭蕉の「奥の細道」もおなじ意識水準だろう。 大和朝廷-公卿-武家政治社会とは異なる反大和ー蝦夷社会を歩んできた歴史が日本にもあったということ、日本は決して単一の民族国家ではないということを知っていてもいいと思う。ちなみに蝦夷(アイヌ)は、蝦夷(えみし)とは厳密には違うものだし、時代的にもアイヌは近代以降に歴史上に登場してきたものだが、朝廷側からすれば同じように蔑視すべき対象として同じ言葉を使ったものだと思う。ただ、北東北の各地にはアイヌ言葉が数多く残っているところから推測すると、アイヌも蝦夷(えみし)も元は同じ言語-文化を持っていたと推測する方が自然だと思う。朝廷側は蝦夷(えみし)の民を人とは扱っていなかった。けものであり俘囚(ふしゅう)であったのだ。 そういう大和朝廷の侵略・支配に対する戦いこそ、阿弖流為・母礼(アテルイ・モレ)、貞任(さだとう)、奥州藤原、九戸政実、と続く東北人の人間解放の闘いそのものだったのだ。羅城門の毘沙門天は北を向いている。鬼門とは北のことである。鬼畜である蝦夷(えみし)を差しているのだ。敗北もまた北である。敗南という言葉はない。源義経をかくまったのは奥州藤原である。義経は平泉から津軽に逃れて十三湊から宋へ渡ったという伝説が北東北にある。(余談だが、三戸には、キリストの墓もある。ヘブライ語の民謡もある=「なにゃどやら」。蝦夷の国は楽土であり浄土であるから、敗北者も異教者もみな赦し受け入れるのだ^^;) (ほとんど高橋克彦さんの蝦夷3部作『火焔」「炎立つ」「天を衝く」の受け売りです^^;) 「奥州の戦乱で亡くなった多くの人の霊を弔い、敵味方はもちろんのこと、鳥や獣また虫類にいたるまで、極楽往生できるように」、、、とはみちのくを大和とはちがう「楽土」にしようとして平泉を建立した時の藤原清衡の口上である。鳥や獣また虫類にいたるまで、というところがおもしろい。1000年まえにすでに自然との共存を謳っている!これで当ブログとつながりました^^; あわれ!テンの轢死体![]() 顔をそむけたくなるような写真だが、風景写真家はきれいな写真ばかりを撮っていればいいというものでもあるまい。 以前にウサギとムジナの礫死体も紹介したけれど、生きているテンは何度か撮ったが礫死体は僕もはじめて見た。 テンのようなすばしっこい動物が車にひき殺されるのはよっぽどのことだろう。 いったいこんな八甲田の山中を横切る道路でどれだけのスピードを出していたのだろう?ぶつけた車にもかなりの衝撃があったはずだ。埋葬してやろうという気持ちにはならなかったのか?道路から土のところまで運んでやって土と葉っぱをかけてやるだけでもよかったのに。 この道路は、蔦から酸か湯へ抜ける道だが、僕の記憶にあるかぎりの40年前と比べれば、交通量は何十倍にも増えていると思う。そのころは道路を歩いていても車とすれちがうことはめったになかった。ここ10年くらいが特に激増している。僕は10年前からなんらかの交通規制をすべきだと言ってきた。奥入瀬渓流の方では一部規制がようやく始まったけれど、こっちの方こそ、八甲田を縦断する道路であって環境への影響がより大きい。ぜひ関係者の人たちに検討してもらいたいと思う。不便になるのはわかっている。僕自身も不便になるだろう。だけど今や環境問題というのは多少の不便さを受け入れてゆくところまで踏み込まないといけないのだ。 「持続可能な開発(あるいは持続可能な社会)」という言葉があるけれど、僕はそんな中途半端なことではダメかなという気がする。 それからもう一つ。今、環境破壊というとCO2の削減ばかり叫ばれているけれど、けっしてそれだけではない。むしろそればかり言っていると本末転倒のことも起こりえる。原子力の方がCO2が少ないという主張が典型的だ。これも「持続可能な開発」にこだわっているからそういう論議になるのだと思う。 高温続いて異様な森![]() この葉っぱは、ミズバショーのなれの果て。見たのが初めての人は信じられないでしょうが、そんなことよりもこれが5/11であるという方が僕には信じられない。こんなのは6月末の光景だ。 下写真は4/23の写真。これ自体も例年より2週間は早いが、その後さらに加速したようだ。5月の連休の八甲田はまるで初夏のような暑さだったからね。これをフェーン現象のせいだとする解説はナンセンスとしか言いようがない。一つ一つの現象だけを取り上げて解説しても意味がない。 ![]() 下写真は、2006年6/7の写真。これと比べてもひと月は早いことがわかる。 もちろん、場所がちがうので正しい比較にはならないのは承知しているが、ミズバショーの葉っぱがこれだけ開いたときの写真があまりないのだ。そう!この写真も時期はずれに大きくなってしまったのであえて写真を撮ったわけで、ここ10年で八甲田も急激な温暖化がすすんでいることがわかる。 ![]() 今年はフキノトウもあっというまに開いてしまってまるでかわいげがない(苦笑)。2008.5.6 ![]() 山桜6![]() これがヤマザクラの写真と言えるのかどうかわからないが。 ブナの芽吹きから新緑の頃というのは、萌葱色(萌黄色とも書く)というくらいで、黄色に偏った緑なのが特色だが、今年は少し違った。緑が濃いのである。これがなぜなのか?異常な高温が続いたおかげで萌えの期間が少なくて一気に緑化してしまったせいではないかと思っている。 それを証明するかのような事件が現地の最近のニュースにあった。ブナの凍霜害が各地で報告されているのだ。葉っぱが霜で枯れたという。異常な温暖化で生育が早まって一斉開花してしまうとこういうことが起こるというわけだ。 (去年のブナシャチホコの大食害をも合わせて考えると)やっぱりたいへんなことが進行していると思う。ブナの原生林の北限の八甲田や白神のブナが枯れてしまったら、ブナの原生林は地球上から消滅してしまうことに他ならないわけだから。 たしかに緑が濃い方が印象的できれいという見方もあるけれど、本来の自然が壊れていく様をも見るようで単純には喜べない。 僕はNaturePhotoを現像する時のスタンスとして、 *色温度、*色彩度をむやみに変更しない、色補正、画像処理は最小限のドキュメント性を損なわないものに限定するということを心がけている。NaturePhotoは、ビジュアルアートという面だけではなくドキュメントとしての価値もあるわけで、それを自らなくしてはいけないと思うからだ。近頃特に、カメラメーカー、ソフトメーカー、雑誌等含めて、彩度やコントラストが高めの設定に流されているように思うのは僕だけだろうか?デジカメのハードウエア内部で高めに設定された彩度というのは(単純に彩度を上げているわけではなくてメーカーの好みによって色座標軸も変えているので)後で直しようがない。後で彩度を上げるのは簡単だが。コンパクトタイプならばそれもしょうがないような気もするけれど、少なくともプロ仕様のものはニュートラルな設定をきちんと残してほしいと思う。 |