
小岳は山頂までびっしりとハイマツに覆われている。左が大岳、右が井戸岳。2008.10.14 EOS1Ds Mark III
深田久弥は、70年前、大岳に登ってこう記している。
「目指した山の頂に立った時の喜びは言うまでもない。先ず四周の大観だ。見える、見える。我も我もとそそりたつ山々を、どこから見ようか間誤つく位だ。目ぼしい山だけを拾ってみれば、先ず南遙かに、幾重もの低い山波を越えて岩手山がどっしりと構えている。盛岡の方から仰ぐとあんなに美しい形を持っているこの山も、ここからはゴツゴツしたブキッチョな恰好に見える。それから右へ一段と低く陸羽国境の山山が続き、その彼方に秋田の森吉山が見えた。西の方では断然岩木山が圧えている。数日後にはあの山頂に僕も立つ筈になっている。僕はこの津軽の二雄岳、八甲田山彙(い)の最高峰から彼方岩木山の最高峰へ一揖した。
摺鉢の大きな噴火口跡は頂上からじかに東に向って口を開き、すぐその向うに整然たるピラミッド型の高田大岳、その左に雛岳が文字通り小さい姿を見せている。しかしこれらの山々よりももっと僕を喜ばせたのは、北方、井戸岳、赤倉岳の向う遙かに、北海道の連山が見えたことだった。思いがけない獲物をした心地で、僕はその海峡の彼方の山容を打眺めた。北海道の山の知識に乏しい僕は、一々名を指すことが出来なかったから、その遠望を簡単に写生しておいた。」(深田久弥 「八甲田高原」『文学界』 昭和12年)