
EOS1Ds Mark III EF17-40mmF4L 2008.10.11
どの山にも森にも川にも、神様のような象徴的なものが存在する。岩であったり木であったり滝そのものであったりする。この木にはとりわけ僕は思い入れが深い。ネイティブアメリカンのように言えばマザーツリーかなあ?
この木は「神成りの木」という。僕が勝手に名付けた。かみなり=雷が落ちたと思われる木だったからだ。神様がお成りになったのである、と勝手に僕は言い始めた。(実際、雷を神成りと言う言い方は地方に存在する。)
この木との出会いで僕は、NaturePhotoを撮ることに対してある種の確信を持ったような気がする。文句なしに人の心を揺り動かすものが大自然のなかにあるということ。それをさがし歩くのも悪くはないと。
この森に入ると僕はとりあえず拝みに行く。最初に出会ったのは2003年でそれから5年たったことになる。写真集「南八甲田の森をゆく」に掲載してあるが、その時とはずいぶんと変わってきた。当時はもっと激しさがあって雷がおちた直後のような姿だった。その後、時間がたって枯れて朽ちていくのだろうと思っていたが、そうではなくて丸みを帯びてしなやかになりむしろ威厳を増したように見える。あいかわらず元気そうでなによりです。5年前と同じように、ザックをおろして、絨毯のようなブナの枯れ葉の上にねまり(座り)、一献かたむけたのです。
この木よりも僕が朽ちる方が早そうだな(笑)。