Gスタジオから

南八甲田の森と源流を彷徨した記録、Gスタジオから発信する雑記 Photos of the Forests and Streams of Mt. Hakkoda and the Photographer’s Journal

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「幻色の都」再編集

長い間、忙しさにかまけてさぼっていた「幻色の都」を再編集して、ホーページの方の書庫にいれておきました。時間があればご欄になってください。

http://iwakino.com/genshoku/index.html
2008.06.25[Wed] Post 15:36  コメント:0  TB:0  日誌  Top▲

ダケカンバ萌え

ダケカンバ


常緑のオオシラビソ(アオモリトドマツ)の間からダケカンバが芽吹き始めている。このフワフワした浮遊感がなんとも言えない。

 夜明けから残雪を歩き始めて4時間近い。この日の疲労はそれほどでもないけれど、何日も野営を続けた蓄積疲労があるのだろう。やるべき課題を撮り終えた達成感というものもある。そんな精神と肉体が春の八甲田の寛容な風景に溶け込んで人の気持ちをおだやかにさせるのだろう。山の神の慈愛のようなものすら感じた。そんなものは錯覚だけれど、何日もひとりで野営して自然の中に溶け込まなければけっして得られないであろうこの境地になってこそ見えてくる光景を僕は撮り続けていこうと思っている。
 大げさだね。東京に帰ってきて書くと自分でも大げさに聞こえる^^;それもしょうがない。現地では人を包むものすべてが違うもの。目に入るもの、耳に聞こえるもの、肌に感じるもの、体に入り込む空気、すべてが違う。だから人も変わるのだ。人間が自然と無縁に生きていくことなど幻想だし、まして人間が自然を支配しようとすることなど傲慢でしかない。またこんなよけいなことを考えるのも人間だけだね^^:
ダケカンバ


2008.06.25[Wed] Post 12:42  コメント:0  TB:0  ダケカンバ  Top▲

ディスプレイの色

ここのところ、微妙な色加減の写真を連載しているので、WEBを通してその微妙さが読者に伝わっているのかどうか心配です。
というか半分くらいあきらめていますが。
 というのも、カラーマネージメントをきちんととった僕のディスプレイですらメインのモニター(ナナオCG222W)とツインに接続したサブのモニター(ナナオFlexScan L797)ですら二つの間にけっこうなちがいが出る(二つとも同じキャリブレーターで調整してある)。自宅のiMacではさらに違いが出る(もちろんこっちもキャリブレーターで調整してある)。ノートパソコンのMacBookProではもはやあきめるしかないほどのちがいが出ているわけで、ネットを通して見ている多くの閲覧者に正しく僕の伝えようとしているものが届いているかどうかかなり疑わしい。

 ディスプレイメーカーも問題なのである。これはきのう言及したことにも通底する。コントラストがやたらに高いディスプレイばかりが最近売られているのだ。コントラストが高く彩度も高いディスプレイの方が「きれい」かのように見えるからだ。だからメーカーはそればっかりを作っている。

 それがなかなか変えようのない現実だから仕方がないが、いまwebを通して自分のディスプレイで見ている色は、ほんとの色とは少し違っているかもしれないということを気に留めておいてくれれば幸いです。
2008.06.23[Mon] Post 19:21  コメント:6  TB:0  コンピューター  Top▲

山桜6

ヤマザクラ


 これがヤマザクラの写真と言えるのかどうかわからないが。

ブナの芽吹きから新緑の頃というのは、萌葱色(萌黄色とも書く)というくらいで、黄色に偏った緑なのが特色だが、今年は少し違った。緑が濃いのである。これがなぜなのか?異常な高温が続いたおかげで萌えの期間が少なくて一気に開花してしまったせいではないかと思っている。
 それを証明するかのような事件が現地の最近のニュースにあった。ブナの凍霜害が各地で報告されているのだ。葉っぱが霜で枯れたという。異常な温暖化で生育が早まって一斉開花してしまうとこういうことが起こるというわけだ。

 (去年のブナシャチホコの大食害をも合わせて考えると)やっぱりたいへんなことが進行していると思う。ブナの原生林の北限の八甲田や白神のブナが枯れてしまったら、ブナの原生林は地球上から消滅してしまうことに他ならないわけだから。

 たしかに緑が濃い方が印象的できれいという見方もあるけれど、本来の自然が壊れていく様をも見るようで単純には喜べない。

 僕はNaturePhotoを現像する時のスタンスとして、
 *色温度、*色彩度をむやみに変更しない、色補正、画像処理は最小限のドキュメント性を損なわないものに限定するということを心がけている。NaturePhotoは、ビジュアルアートという面だけではなくドキュメントとしての価値もあるわけで、それを自らなくしてはいけないと思うからだ。近頃特に、カメラメーカー、ソフトメーカー、雑誌等含めて、彩度やコントラストが高めの設定に流されているように思うのは僕だけだろうか?デジカメのハードウエア内部で高めに設定された彩度というのは(単純に彩度を上げているわけではなくてメーカーの好みによって色座標軸も変えているので)後で直しようがない。後で彩度を上げるのは簡単だが。コンパクトタイプならばそれもしょうがないような気もするけれど、少なくともプロ仕様のものはニュートラルな設定をきちんと残してほしいと思う。
 
2008.06.23[Mon] Post 10:17  コメント:0  TB:0  環境問題  Top▲

山桜5

ヤマザクラ


何日も山を探し歩いて、これはという山桜をいくつか撮ったけれど、それでも何かいまひとつ心にひびくものが足りない。まあ良しとするか、「もう終了だ」と思いながら2週間近く歩き続けて足腰も手の握力も限界で悲鳴を上げ始めていたころ、ふと深呼吸して空を見上げた時にこの光景を見た。あっ、これはなんと心が吸い込まれる光景だろう。見上げて息を吐き出すとともになにかしら心の中のわだかまりのようなものすべてが抜けていくように感じられた。
 これだなと思った。
 撮り終えて、深奥のブナの森の真ん中で胡座(あぐら)をかいて一服した。カタカタカタっというアカゲラのドラミングが遠くの空から響きわたっていた。この時、明日は山を降りようと決めたのである。

(しかし実際カレンダーに採用したのはこの写真ではありません。別の趣の、もっといいかなあと思えるものがあったのです。)
2008.06.21[Sat] Post 09:24  コメント:2  TB:0  ヤマザクラ  Top▲
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